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□第弐夜 ‐思い出す背中‐
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小さな体を背負って走る。
ひたすらに。
まっすぐに、神経を研ぎ澄ませて、ただ駆ける。
限界を超えてもただ走る、学園に着けばみんながいる。

それだけが、折れそうになる心を支えてくれていた。

「くそっ…どうする伊助!」

「今はまだ僕たちを見失っているみたいだけど、油断しているとすぐに追いつかれる。なるべく距離を離して、緊急応援要請弾を上げよう!」

「わかった!しっかりしろ苅野!どうして今まであんなきつい活動をしてきたと思ってるんだ!」

「っ…すみ、ませ…」

「委員長!そうは言いますが三年生の苅野はもう限界です!」

「…そう、だな。悪い。………伊助、一度どこかに身を隠そう。このままじゃ学園に着けない!」

「わかった。こっちはもう限界みたいだし…確かこの辺りに小さな神社があったはずだ。山奥だからあまり知られてないし、最近ではほとんど使われることもないらしい。少し遠回りになるけど…」

「わかった。先頭頼む」

「うん。みんな、もう少し頑張って!」

「はいっ…」

三年生や四年生はもう限界だろう。
伊助の背中を追って更にスピードを上げる。
走っている途中で、背負った小さな体が震えていることに気づいた。
今、この小さな子供はその手の中に痛いぐらいの恐怖を抱えているに違いない。
しっかりとしがみついてくる暖かな掌を感じながら、叫びだしたいほどの怒りが心を支配していくのを感じていた。

「辺りを見てきたけど敵の気配はない。ここならきっと朝までは大丈夫だと思うよ」

「そうか。わかった」

「…あの、皆本金吾先輩」

「ん?」

「………すみま、せん」

「なんで謝るんだ?」

「だって…」

泣きだしそうになっている苅野は、どうしても自分が許されないんだろう。
逃げている間も、何度も独り言のように謝っていた。
確かに厄介な敵に気づかれてしまったのは苅野のせいかもしれない。
ぼんやりしていた苅野が落とした煙玉の暴発の所為で敵に気づかれたのは明白だ。
でも、俺が怪我をしたのは俺の所為だ。

「何度も言っただろう。この傷は俺が未熟だったから作った傷だ。お前の所為じゃない」

「でも、俺があの時、煙玉を落とさなかったら…!」

「静かに。夜は声が響く」

慌てて口を閉じた苅野の頭を撫でる。
左腕の傷はもしもの時のために保健委員会から支給された鎮痛薬のおかげで今は痛まない。
こんな傷一つ今の俺には大したことはないけど、確かに三年生の時だったら顔色を変えて慌てるだろう。

「苅野、大丈夫だ。こんな怪我じゃびくともしないぞ。気にしないでいい」

「でも…」

「朝になったらまた走らなきゃならないんだ。しっかり食って休んで足を休めておけ」

「…はい」

「他のみんなも、しっかり休んでおけよ。…そんな泣きそうな顔するな。明日の昼には学園に戻れる。なぁ伊助」

「勿論。ほら、一、二年生はこの干飯をみんなに配ってくれ。水は近くの川で僕が汲んでくるよ。三年生や四年生のみんなはお疲れ様。しっかり休んでね」

「「「はい」」」

伊助の言葉に動き出す後輩たちを見ていると、元気が湧いてくる。
朝まで持てばいいけど、と弱音を吐こうとした心を閉じこめて、干飯を食べる後輩たちに気づかれないようにこっそりと社の隅で刀を磨いていた。



夜も更け、朝が近づいてきた頃、見張りをしていた火薬委員会の五年生、山井田宗治が囁いた。

「敵が近づいてきています」

「…わかった。お前は森と山南を起こして下級生たちに準備をさせてくれ」

「わかりました」

「伊助、その緊急応援要請弾は俺が持とう」

「…何考えてるの?」

「俺はここに残る」

「先輩!?何を言っているんですか!」

「森、それが一番確実な方法なんだ。俺に底無しの体力があるってことはお前が一番よく知ってるだろ?」

「確かに、間違ってはいませんが…!」

「…分かった」

「二郭先輩!?」

「その代わり、絶対に無理はしないこと。危ないと思ったら全力で逃げて。みんなが来てくれるから」

「分かってる」

小さな火薬玉を受け取ると目を覚まして何事かわからないという顔をしている体育委員たちに向き直る。

「俺は少し用事がある。だからお前たちは伊助についていってくれ」

「用事って何ですか?」

「んー、秘密かな」

「…絶対に帰ってきますよね?」

一年生の砂土原藤次には気づかなくても、二年生の望月清一には気づくことがあるらしい。
大きな目に涙をいっぱい溜めて俺の腕を掴んでいる望月を見て、砂土原も今から俺がやろうとしていることに気づいたらしい。
同じように涙を浮かべて、俺の脚にしがみついた。

「そんなのダメです。絶対にダメです」

「砂土原…」

「駄目ですよ、絶対、だめですからっ…」

「…」

ついに泣き出した砂土原を抱き上げてそっと背中を撫でる。
それにつられて泣き出した望月は森と苅野で慰めていた。
可愛い後輩達。
自慢の、優しすぎる後輩達。

「…仕方ないな。よく聞け、俺達は体育委員会だ。森、体育委員会は?」

「委員会の花形…です」

「そうだ。体育委員会のモットーは?」

「…」

「苅野」

「…いけいけ、どんどん」

「その通り。俺の先輩達は、みんなそうだった。一人で後輩たちの前に立って、自分なりのやり方でみんなを守っていた。一年生以外は、まだ覚えているはずだ」

五年前のあの日を思い出す。

七松小平太先輩は、いつもずっと前を走っていた。
その背中に追いつきたくて、俺はひたすら走ったんだ。

平滝夜叉丸先輩は自慢してばかりいたけど、委員会ではいつも僕たちの心配をしてくれていた。

次屋三之助先輩は相変わらず方向音痴は直ることはなかったけど、いざという時には頼りになる先輩だった。

時友四郎兵衛先輩は優しかった。
いつも笑顔でみんなを励ましてくれていた。


それぞれが、それぞれのやり方で後輩を守っていた。
委員長になった今、俺もそうならなきゃならない。
後輩を守って戦えるように。

「だから、今度は俺がお前達を守る番なんだ」

後輩に背中を見せても、恥じないような委員長にならなければ先代の委員長に申し訳ない。

そう言って笑うと、森は泣きそうな顔で笑ってくれた。
苅野は必死に涙を堪えているみたいで俯いている。

「砂土原と望月は頼むぞ」

「はいっ」

「っ…はい!」

「さ、そろそろ僕たちは行くよ」

「ああ。…よし、行くぞ体育委員会!いけいけどんどーん!」

「「「「いけいけどんどーん!」」」」

相変わらずの掛け声に伊助が小さく笑った。
学園へ向かって走っていくみんなを見送って、導火線に火をつけた火薬玉を空に投げる。
大きな音と共に、花火が上がった。


「…よし、やるか」


そう気合を入れて、火薬弾に気づいて集まってくる敵と殺り合う準備をする。


何人たりとも、ここは通さない。



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