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□雨は降っても本日晴天也。
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ざあざあと空が落とした幾多の水が地面に当たり跳ね返り飛び散る音がする。
吐き出した溜息は白く染まり寒空に霧散してゆっくりと消えていった。
どうしてこんなことになったんだろうと考えてみても、自業自得という言葉しか浮かんでこなくてうんざりした。


『留三郎、今度の休みは何か予定はあるか?』

『…特にはないが…。』

『そうか。』

『?』

少し浮ついた様子の文次郎が話し掛けてきたのは、委員会を終えて顔を洗っている時だった。
予定を聞いただけで口を閉ざした文次郎の意図が分からなかった俺はただ首を傾げた。
あーだのうーだの小さく唸っていた文次郎が、ちらりと俺を見て口を開いた。

『…町に、行かないか?』

『町?』

『いや、別に、何か他意があるわけではなくてだな。』

『なんでまた。』

『……仙蔵が、町に上手い茶屋があると…。』

『へぇ…。』

つまりは遠出の誘いらしい。
別に俺じゃなくてもいいんじゃないかとも思ったが、恋仲になってからも何一つ変わることなく過ごしす毎日に、沸き上がってくる何かを持て余していた俺には嬉しい誘いだった。
何か普段と変わったことをすれば、胸の内に蟠る何かが減ると思った。

『いいぞ。』

『…いいのか?』

『お前が誘ってきたんだろ。じゃ、俺の分の外出届も出しておいてくれよ。』

『あぁ。』

『茶屋か…。うまかったら、しんべえ達の土産にするかな。』

『後輩馬鹿め。』

『お前もだろ。』


そんな会話をしたのが三日前のこと。
本来ならば文次郎と一緒に町で団子でも食べていたはずなのに、今の俺は松の下で一人突然降り出した強い雨を凌いでいる。
こんなことになった原因は今朝の俺だった。
今思い返しても自分の行動に嫌気がさす。
あれじゃあ一年生と変わらない、と、吐き出した何度目かの溜息はまた霧散して消えていった。


『…委員会?』

『昨日、確認してみたら不備のある書類が大量にあってな…。』

『……じゃあ、今日は…。』

『あぁ、あいつらに任せるのも心配なんで俺もやることにした。悪いが、伊作か長次でも誘って行ってきてくれ。』

委員会なら仕方ない、そう言おうと、思おうとした。
それなのに俺の口は勝手に開いて、言葉を吐き出していた。

『……いい。』

『留三郎?』

『もういい。』

『…どうした?』

ただの遠出とはいえ、俺を選んでくれたのだと思った。
誘おうと思えば誰でもよかったはずだ。
六年生に限定せずに、後輩を連れていってもよかったんだ。
他の誰でもなく、俺を選んでくれたのが嬉しかったんだ。
他の誰でもない文次郎だったから、あんなに嬉しかったんだ。
でもそれが苛立ちの言い訳になるはずもなくて、結局はただの我が儘だったと気づいたのは文次郎を殴り飛ばして学園を飛び出した後だった。
どれだけ無心で走っていたのか、足を止めたのは町と学園を結ぶ道のちょうど真ん中辺りだった。
今学園に戻っても気まずいだけだとそのまま町に向かって歩き出す。
雨が降り始めたのはその頃だった。

『……止まないな。』

始めは小降りだった雨が、次第に大きな音を立てて落ちてくる。
びしょびしょになってしまった服が重たく、歩く気すら起きなくて近くの松にもたれ掛かった。
未だ降り続く雨に途方に暮れて今に至る。


「はぁ…今日はとんだ厄日だな。」

もっと充実した、そこまでは達しなくともいつもとは違う楽しい日になると思っていた。
文次郎に言われた通り、素直に伊作や長次を誘えばよかったのかもしれない。
それとも、遠出自体を止めて部屋で眠っていたほうがよかったのかもしれない。
どれだけ考えても答えなんて解りはしなかったけれど、何も考えずに雨が止むのを待つよりはよっぽど有意義に思えた。

「……委員会だもんな…。仕方ないよな…。」

あいつも顔に似合わず後輩に甘いところがある。
俺だって、もしあいつと同じ立場だったら遠出を諦めるだろう。
だからこそ余計に苛立ってしまった自分が憎かった。

本音を曝せば、俺は年甲斐もなく淋しかったんだと思う。
自分よりも後輩を優先されたことが、悔しくて堪らなかった。
俺は男で、あいつも男で、可愛げがないのは自分が一番よく分かっている。
それなのにこんなに怒りが沸いて来るのは、それだけ俺があいつを好いているからだ。
考える度に怒りと自己嫌悪が沸き上がってきて、鉛色の空をきつく睨みつけた。


「…留三郎!」

「……もんじ…?」

眠っていたわけではなかったと思う。
雨音で足音が掻き消されたのか、気づいた時には文次郎がこちらに歩み寄っているところだった。
私服姿の文次郎は久しぶりに見た気がする。

「こんなところにいたのか…。早く学園に戻るぞ。」

「なんで…。」

「煩いバカタレ。早く連れ戻してこいと伊作にも怒られたんだからな。」

「………。」

ほら、と差し出された手を握り背中を松の幹から離す。
雨は止みかけていた。
小さな水滴の落ちてくる空を見上げながら引っ張られる腕に逆らわずに足を踏み出すと、文次郎が先を歩きながら小さく呟いた。

「…すまなかった、な。」

「……何がだよ。」

「今日、楽しみにしてくれていたらしいな。」

「べ、別に…。」

「伊作から聞いた。」

否定する前に同室の級友の名前が出てそれも叶わなくなった。
言葉の見つからない俺の腕を引いて歩きながら文次郎はまた呟くように言う。

「俺もだ。」

「……え?」

「〜…。だから、俺も楽しみだったと言っているんだ。…その…初めての、遠出だったしな…。」

「……委員会優先したくせに。」

「そっ、それはだな…。」

「……お前が行くっつったから、委員会休ませてもらったのに。」

「休みじゃなかったのか?」

「どっかのギンギンが壁壊したりどっかの暴君が塹壕掘りまくったりどっかの穴掘り小僧がタコ壺作りまくったせいで無くなったんだよ。」

「…悪い。」

「別に、今に始まったことでもねぇだろ。謝る位なら予算寄越しやがれ。」

「それは無理だ。」


きっぱりと即答で返された返事に思わず笑いが込み上げる。
いつの間にか雨は止んで、さっきまでのことが何もなかったかのように、太陽が輝いていた。


「じゃあ次の休みに行くか。」

「嫌だ。」

「なっ…!」

「嘘。」

「全く…お前というやつは。」

「うるせー、このぐらい許しやがれ。」


繋がった手は離さないまま、少し湿った服も気にならずに二人で笑いあった。



「うわっ!?なんで二人ともびしょびしょなの!?」

「まるで濡れ鼠だな。」

「途中でまた降りだしてきたんだよ…。」

「くそっ、一体なんだってんだ…。」

「お前への天罰だろ。」

「んなっ!?突然殴って飛び出していったのは誰だと思ってやがるんだ!」

「結局それももとはお前の所為だろうが!」

「なんだと!?やるか!?」

「やらいでか!」

「あぁもう喧嘩しないでよ!ほら晴れてきたじゃん!」

「「…晴れちゃだめなのか?」」

「いいから先にお風呂入ってきて!風邪ひいちゃうから!」

「わかった…。」

「一時休戦だな、留三郎。」

「風呂あがったら覚悟しとけよ。」

「ふん、こっちの台詞だ。」

「あれ、また雨降ってきた…。」

「全く…あいつらの仲の良さはよくわからんな。」

「ほんとにね。」

「「何か言ったか?」」

「「何も。」」


【雨は降っても本日晴天也。 終】


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