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□純真無垢な子狐に戸惑う。
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いつだったか、少し忍びの世界を知り始めた頃。
突然、何の前触れもなく、

「お前、いつまで雷蔵の真似するつもりなんだ?」

邪気もなく核心に触れてくる友の声が聞こえて

「……〜。」

まだ今より大分精神の幼かった私は、どんな答えを返したんだろう。


今思えばくだらない質問だ。
不破雷蔵あるところに鉢屋三郎有りだと、いつもいつでも言っているのに。
雷蔵がいる限り私も雷蔵の皮をかぶって、鉢屋三郎として生きていく。
それを知っていても、あの時間抜けな質問をしてきた友がまた同じことを聞く。
毎年毎月繰り返されるなんの気もないような質問。
なぁなぁとしつこく繰り返される質問に嫌気がさして持っていた筆を投げつけると軽々と躱された。
さすがに同じだけの苦難を乗り越えてきただけのことはある。

「なぁなぁ、結局どうなんだよ?」

「しつこいぞハチ…、雷蔵がいる限りだってさっきから言ってるだろう。」

「じゃあさ、もし雷蔵が死んだらどうするんだよ。」

「不吉なこと言うな。」

「だーから、もしだって、もし!」

もし!と、やたら念を押す八左ヱ門も、そんな事態は考えたくないんだろう。
もちろん私だって考えたくない。
そんなことを考える必要もないってのが正しいと思うけど。

「雷蔵は、私がいる限り死なないよ。」

「うわ、なんだその惚気。」

「惚気てない。」

「いやいや…結局は、雷蔵は俺が一生守ってやるからってことだろ?」

「まぁな。」

「三郎は雷蔵に対して過保護すぎるんだって。」

「お前が言えることじゃないだろ。」

「え?いや、俺は普通だ。普通。」

堂々と言い切る八左ヱ門だが、こいつの恋人の可愛がりようも凄まじい。
組が一緒だったら一日中引っ付いているんじゃないかと思うほどには酷い。
話題がなくなれば平助がああしたこうした可愛かったと惚気ばかりで聞いている方は何かの呪文でも唱えられているみたいに瞼が落ちてくる。
それすらも気にせずに延々としゃべり続けるのだからある意味凄いとは思うが、何よりすごいと思うのはそれだけの愛を向けられてもさらりと流せ平助だと思う。
いや、もしかしたら全く気付いてないだけなのかもしれない。
それはそれで雷蔵並みの天然だ。

畳に寝転がって日光浴をしている八左ヱ門の顔に、先日体育委員会が壊した虫小屋の修復費用を求める書類を投げつけてやる。
おやつ委員会だ学園長の手先委員会だと言われようともそれなりに普通の業務もある。
八左ヱ門に書類をくれと言われた時はあまりの面倒さに、一年生コンビに回してしまおうと思ったがいつもサボっていると思われるのも癪なので久しぶりに仕事をした。
まぁ久しぶりすぎて大分時間がかかってしまったわけだが、目の前の阿呆一名は全くそんなことは気にしてないから良しとしておく。

「いやー、ありがとうな三郎。これでようやく新しい虫小屋の予算がもらえる…!」

「切実だな。」

「当たり前だろう!虫小屋がなくてどんなに苦労したか…。」

「まぁ今日六年生実習でいないから予算がもらえるのは明日になるだろうけどな。」

「先に言えよ!」

「五年い組が見学に行くって言ってただろ?」

「言ってたけど…。」

どうせこいつのことだから平助がいないとしか思ってなかったんだろう。
朝からそのことで騒いでたくせに一番肝心なところは知らなかったらしい。

「え?じゃあ雷蔵は?」

「雷蔵は図書委員会の仕事。」

「あー、確か書庫の整理するって言ってたような言ってなかったような…。」

「あーそう…。」

「じゃ、そろそろ平助返ってくるだろうし俺戻るわ。」

「んー。」

マイペース装うクラスメイトを見送って、何の変哲もない天井を見上げる。
どうやら空気を読んでくれたらしい。
気づいてないフリをし続けていたけどこれはそろそろ声をかけてあげた方がいいんだろうか。
まぁあっちもばれてないとは思ってないだろうけど。

「雷蔵、降りてこないの?」

「…うん。」

「どうして?」

「……なんでも。」

ぐすぐすと溢れる涙を堪えようと短く息をする音が聞こえて、降りておいでと精一杯優しく声をかけてみる。
しばらく動かなかった雷蔵も、もう一度名前を呼んだらすぐに降りてきた。
案の定目元を擦りながら涙を止めようとしている。

「雷蔵、泣かないで。」

「だって…三郎がっ…。」

「うん。」

「三郎がっ…。」

自然に私の両腕に収まりに来る雷蔵。
正確に雷蔵に化けようとしても、やっぱりこういうところは化けきれない。
私は、こんなに純粋な涙を持っていないから。
髪も顔も、全部同じなのに、どうしてこんなに違ってしまうんだろうと不思議に思ったこともあった。
今でも、私は雷蔵になれないんじゃないかと思う時もある。

「大丈夫、私はずっと雷蔵のそばにいるから。」

「…本当…?」

「当たり前だろ?私を誰だと思ってるんだ?ずっとずっと、雷蔵のそばにいるよ。ちゃんと、ずっといるから。…泣かないで。」

「…ありがとう、三郎…。」

安心したように笑いながら、名前を呼んでくれる雷蔵。
可愛い雷蔵。
僕の雷蔵。
ずっとずっとそばにいるよ。

あぁそうだ、あの時の私はこう答えたんだっけ。


『雷蔵は、わたしがいるかぎり死なないよ。』

『どうして?』

『だって、鉢屋三郎なんてにんげんはこの世に存在しないんだから。』

『三郎?』

『雷蔵がしんだら、わたしが雷蔵になるんだ。』



『わたしはね、雷蔵がいない世界なんてたえられないんだよ。』



幼い子狐の純真無垢な答えに、同じように幼かった友達は何を考えたんだろうか。


嬉しそうに笑う雷蔵を抱きしめたまま、何度も何度も同じことを繰り返し聞いてきた八左ヱ門の心境を思う。
多分、雷蔵もあの時のことを覚えてるんだろう。

大丈夫だよ。
私はずっと私だから。
雷蔵が悲しむことなんて一つもないんだ。

そう言いたかったけど、どこか遠くで子狐の笑い声が聞こえた気がした。


【純真無垢な子狐に惑う。 終】


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