RKRN

□握って、握れる、そんな距離関係。
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いつの間にか太陽は俺の真上にあって、どこだかもわからないような丘の上に寝転がって大きく伸びをした。
空が青い。
雲が白い。
いつも通りの風景なのにどうしてか全部が遠くに見えて、不思議に思って手を伸ばしてみた。
手を握っても掴むのは空気ばかりでなんの手応えもない。
急に虚しくなって、仕方なく降ろした手が重く感じた。



「この…大馬鹿者っ!」

「痛いっ!」

ついでだし夕方まで一眠りしてしまおうかと草むらに頭を置いた途端に、馴染みのある声と拳骨が落ちてきた。
仕方なく怠い体を起こすと小言と一緒にぺしぺしと何度も頭を叩かれる。
横目で見た先輩の私服は泥や木の葉っぱがあちこちについていて、大分山の中をさまよっていたんだなとすぐに分かった。

「大体な、お前が迷子になるからいけないのだ。」

「迷子になんかなってませんよ。」

「無自覚もいい加減にしろ!一体どれだけの人間がお前の捜索に当たったと思っているんだ…。実習終わりに迷子になるとは何事だ!先生方も心配しておられるぞ!」

「仕方ないじゃないですかー。気づいたらここに来ちゃってたんですもん。」

「それなら狼煙をあげるなりなんなりできただろう!」

「できませんよ。だって俺何も持ってないですもん。」

「装備はどうした!」

「邪魔だったんで、退却するときに全部おいてきました。駄目でしたか?」

「当たり前だ!」

ここまで怒った先輩を見るのは珍しい。
委員会でみんながはぐれた時だってどんなに怒っていてもいつものことだと自分に言い聞かせているみたいに控えめに怒ってくれるのに、今日は本当に感情が抑えられないみたいで。
怒鳴りすぎて真っ赤になっている先輩を落ち着かせようと頭を撫でてみる。
当然のように払われた。
じん、と僅かに熱を持った手の甲も気にせずにもう一度手を伸ばす。
柔らかい髪を撫でていると、不機嫌そうに口を尖らせていた先輩の顔がだんだんと泣きそうな弱弱しい顔になってきた。
教室でも、委員会でも、苦楽を共にしたクラスメイトといるときさえも見せないような顔に妙な優越感が湧き上がってきて、小さく笑うとまた軽く殴られた。


「なんでそんなに怒ってるんですか。」

「…お前が迷子になったからに決まっているだろう。」

「それだけですか?」

「どういう意味だ。」

「いや、なんとなく。だってわざわざ四年生が探しに来る必要なんてなかったじゃないですか。」

「そ、それはだな…。」

図星をついてしまったのか慌てて口ごもる先輩が可愛い。
どうせ最後にはあんまり可愛くない答えが返ってくるのは分かっているから、今だけはこの時間を楽しみたいなんて思ってみたり。

「とっ…富松達が、お前が帰ってこないと騒いでいたからな。暇だった私が捜索に加わっただけだ!」

「修行するから暇な時なんてないって、この間誘ったとき言ってたじゃないですか。」

「それとこれとは話が別だ!今日はたまたま暇だったのだ!」

文句でもあるかとさっきまでのしおらしさの陰もなく先輩が胸を張る。
いつもの先輩なので特に気にはならない。
どちらかと言えばさっきみたいな先輩を見る方が辛かったりする。

「それにしても、お前が神崎と繋がれていないのは珍しいな。戦場ではちゃんと繋いでいたと富松が言っていたが…どこかで千切れたのか?」

「あぁ、ちょっと帰り道にどこかの忍者と遭遇しちゃいまして。逃げてたらいつのまにか切れてました。」

「切れてました…じゃないだろう!そういえば神崎も大分怪我をしていたな…。」

「え…。」

「何心配するな。幸いかすり傷ばかりだったようでぴんぴんしていたぞ。」

「…そうですか。」

どうやら、一緒にいた左門もどうにか逃げられたらしい。
最後の目潰しでも効いたのかなと考えてみたけど結局左門が無事でいてよかったとしか考えられなくて、最後にはどうでもよくなった。
お腹がすいたなぁとぼんやり空を見る。
そういえば、昨日から何も食べてない気がしなくもない。
とりあえず早く学園に戻りたいなぁと思い始めたころ、先輩が何を見たのか突然騒ぎ出した。
疲れてへとへとだし眠いし寒くなってきたし早く帰りましょう、そういうつもりだったのにどうしてか急に意識が遠のいて、何も言えずに眠ってしまった。

あ、そういえば、足怪我して走れないからここでずっと寝てたんだっけ。



ふと目を開けるとそこは見慣れた(かもしれない)天井。
深く息をすると薬草の匂いしかしない。
薄荷の匂いはあんまり好きじゃない。
どうして医務室で寝てるのかはわからないけれど、早く部屋に帰ろうと布団を片付ける。
立ち上がると右足に感じる違和感。
確認してみると、太ももから膝まで包帯がしてあった。
関節が曲がらないから結構動きにくいけど、気にせずそのまま襖を開ける。

「さて、長屋はこっちだったよな。」

痺れるような感覚の残る右足を動かさないように気を付けながら廊下を歩きだした。



「……どこだここ。」

どれだけ歩いても長屋につかない。
それどころかいつの間にか足元が木の板じゃなくて土に変わってたりする。
学園からは出てないはずなのに、また山に入ったような気がした。

「あー、足痛い。」

さっきまではどうともなかったのに、気づいた頃にはじわじわと足の先から鈍い痛みが上ってきていた。
じわじわ、からズキズキに変わる痛みに我慢できなくてしゃがみこむ。
結構眠ったはずなのにまた眠くなってきた。
遠のきそうになる意識をなんとか繋いでいると、また声が聞こえた。
俺のことを呼んでいるような気がしなくもない。
ふと顔を上げたら、意外と遠いところに先輩の顔があった。
丘の上で見た空と同じように手を伸ばそうとしたけれど、腕が重たい。

「…先輩…?」

「何をしているのだ!」

「いやぁ…いつの間にか学園が広くなってたみたいで。」

「そんなわけないだろうこの無自覚が!いいから早く医務室に戻るぞ!」

差し出してくれる手を握ろうとしても、やっぱり腕が上がらない。
どうしたものかと悩んでいると、腕を掴まれて無理矢理立ち上がらせられた。
え、と思う暇もなく体が宙に浮く。
結局はおんぶってやつで…。

「…ちょ、何してるんですか。俺より小さいくせに無理しないでくださいよ。」

「この私に無理なことなどない!お前が成長しすぎただけだ。三年生と四年生で大した差がないと思っているならそれは間違いだ。」

さぁ行くぞ!と意気込んで歩き出した先輩の足取りは思ったよりしっかりしていて、やっぱり努力してるんだなと改めて感じる。
さすがあの暴君率いるいけどん委員会をまとめるだけはあるなと感心してしまった。

もしかしたら血が足りないのかもしれない。
くらくらと揺れる頭では、先輩の背中から伝わる温もりが遠くに感じる。
今にも空みたいに掴めなくなりそうで、強制的に首に回された腕に少し力を込めてみた。

「どうした?」

「…なんでもないです。」

「次屋?」


結局空なんてものは掴めるはずもなかった。
そんなのはずっと前から知ってる。
掴んでみようと思ったことはなくもないけど。
それでも、今感じるのはいつでも掴める先輩の手の感覚だけだった。


【握って、握れる、そんな距離関係。 終】


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