青の祓魔師
□それは恋の病。
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おかしい。
「………」
「燐。燐ってば」
「えっ?あ、どうしたしえみ」
「最近ぼーっとしすぎだよー。もう授業終わっちゃったよ?」
「へ?」
しえみの言葉通り教室にはとっくに雪男は見当たらなくて、ちらほらとまろまゆ達も帰り支度を始めている。
声が聞こえた。
「…―……ます?」
「坊は――………なぁ」
「うっさいねん。はよ帰るで」
一つだけ。
自分でもびっくりするぐらい通って聞こえる声が飛び込んでくる。
別に意識したわけじゃない。
でも、あいつの声だけが、はっきりと聞こえた。
自然に目が教室を出ていくあいつの背中を追いかける。
扉が閉まって、あいつが見えなくなってようやく目の前にいるしえみの声が聞こえた。
「もーっ。燐ってば!本当におかしいよ?風邪でもひいたの?」
「………かもな」
「大変!雪ちゃんに知らせなきゃ!」
「なんでだよ!」
ぱたぱたと足音をさせて走り出そうとするしえみの手を掴む。
ただ体がいつもより暖かいような気がしただけで、風邪の症状は一つも起きちゃいない。
少し鼓動が早い様な気がするけど、それだけだ。
俺に腕を掴まれてもまだ雪男のところに走ろうとしているしえみをなんとか宥めて、教室を出た。
しえみは、今日も男子寮に遊びにくるらしい。
雪男と話しているときのしえみは、わかりやすすぎるぐらいに感情を出している。
今日も雪男と話せるのが嬉しいのか、小さく鼻歌を歌いながら廊下を歩いているから今にもこけそうでちょっと警戒してしまう。
女にもてたいとは思うけど、【恋】だのなんだのはよくわからない。
「ねぇ燐。本当に大丈夫?」
「大丈夫だっつーの」
「何か悩んでるなら、わたしでよければ相談してね」
この違和感は、相談してどうにかなるものなんだろうか。
そんなことを考えながら、しえみの柔らかい笑顔が引き金になったみたいに、俺は言葉を吐き出していた。
「目が、追うんだ」
「耳が、あの声だけを拾って」
「見るたびに」
「聞こえるたびに」
「身体が少しだけ熱くなって」
「こう…なんつーのか」
「むずむずするみたいな…変な感じになるんだ」
「……やっぱり、風邪かな?」
廊下を歩きながらぼそぼそと話していると、どちらかと言えば風邪のような気もしてきた。
今日は早く寝るかなぁ、なんて考える。
「燐ってさ、最近ずっとその髪留めつけてるよね」
しえみの何気ない一言に、また少し体が熱くなった。
「あー…まぁ、便利だしな」
「前髪切ったら?あ、またお薬持ってくるね」
「おう、サンキュー」
「…燐って鈍いよね」
「なにおう!?絶対しえみより運動神経はいいからな!」
「そういうことじゃないって」
何が面白いのかくすくすと小さく笑うしえみの頭をぐりぐりと撫でる。
近くにあった時計を見ると、所詮おやつの時間を少し過ぎた頃だった。
時間もあるし、今日はクッキーでも焼いて明日子猫丸にやろう。
また、声が聞こえた。
「ん?なんや、お前まだこんなところにおったんかいな。」
「お前もだろ。子猫丸たちはどこ行ったんだよ」
「知らん。いきなし用事思い出したとか言うてどっか行きよったわ」
「…ああっ!燐!わたしも用事があったんだった。先に帰るね」
「ん?おう、じゃあクッキー焼いて待ってるぜ」
「わぁ、楽しみだなぁ。また寮でねー」
「気を付けて帰れよー」
急ぐ用事なのか駆け足で廊下を進んでいくしえみを見送って、別に俺もここにいる必要もないんじゃないかと思った。
「じゃあまた…」
「クッキー?」
「へ?あぁ」
「お前、そんなもんも作れるんか」
「意外に簡単だぜ。あ、お前甘いの嫌いだっけ」
「好きでも嫌いでもない」
「ふーん」
すぐに寮に戻るつもりでいたのに、気づいたら勝呂と一緒に歩き出していた。
教室にいるときよりスムーズに話せている気がするけどその理由は分からない。
あんまり意味のない話をしながら、他に誰もいない廊下を歩き続ける。
勿論、すぐにいつもの扉の前についてしまった。
「…なぁ、俺の部屋来いよ」
「は?」
「い、いや、クッキーがさ。明日持っていくつもりだけど、どうせなら熱いの食った方がうまいかなーって」
どうしてこんなにどもってしまうのかわからない。
しえみなら、子猫丸なら、こんな言い訳みたいな言い方しなくて済むのに。
はっきりとしない物言いで、雪男の前に立っているしえみが連想できてしまった。
目の前の勝呂はぽかんと口を開けている。
言わなきゃよかった。
「や…やっぱりあれだよな。見かけによらず真面目君だから勉強してーよな」
「見かけによらずって失礼やぞ。それに、俺かてずっと勉強しとおわけやないで」
「ふーん」
「お前が料理しとんのに横から口挟むぐらいできるわ」
「うっ…」
上手く誤魔化せたと思っていたのに、何故か勝呂は乗り気みたいだ。
気まずすぎる。
どうせ、今寮に帰ったら雪男としえみが変にキラキラしたオーラを放ちながら二人で話しているんだろう。
そんなところに連れていって、また女を侍らかせているなんて言われるのは勘弁だ。
いや、この場合侍らかせてるのは雪男だから別にいいのか。
『惚れたらあかんえ?』
「…」
でも、しえみに会わせるのはどうしても嫌だった。
自分の気持ちがよくわからない。
頭がくらくらして、勉強をしているときみたいにずきずきと痛む。
「おい、どないした?風邪か?」
「へ?」
しえみや勝呂の言う通り風邪を引いたのかポケットに入れていた手が熱くなった。
風邪なんて何年振りだろうな、なんて考えながら左手を振った。
「別に、どーってことねーよ」
「ほんまか?」と、首を傾げた勝呂を見て、また心臓の音が速くなった気がした。
【それは恋の病。 終】
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