NARUTO
□もう二度と泣かせてなんかやらない。
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風が吹いていた。
温い風が、木の葉を揺らしていた。
この間の惨劇なんてなかったかのように、ゆっくりとした時間が流れていた。
いつもの特等席でぼんやりと空を見上げる。
折れた腕のおかげで任務が回ってくることも家の手伝いをしろと言われることもなかった。
何もなかったみたいに雲は流れていて。
何もなかったみたいに時間も流れている。
大蛇丸率いる音忍の襲撃に合い傷ついた木の葉は、何もなかったみたいに復興しようとしていた。
そう、何もなかったみたいに。
「よぉシカマル!」
「……キバ」
「流石に、お前のかーちゃんもこき使ってくれねーみたいだな」
「…もう外出していいのかよ」
「んー…いや、ちょっと暇になって」
曖昧な返事をするキバ。
きっと何も言わずに病室を抜け出してきたんだろう。
赤丸は置いてきたらしいが、結局のところ長い間床に伏せっていたせいで散歩がしたくなったらしい。
長いとは言ってもまだ一週間も経っていないがこいつにとっては限界だったはずだ。
…いろいろと、な。
「なあ、なんでそんな元気なら俺のとこ来てくれなかったんだよ」
「…めんどくせーから」
「ひっでー!なんだよそれ…」
寝転がってる俺の隣に座ったキバが不満そうに口を尖らせた。
そうだ、人一倍寂しがりで甘えたで、俺のことが大好きなこいつが一週間も俺に会わなくて我慢できるはずがない。
後で姉貴にボコられるってことが分かりきっていても怪我した体で会いに来るんだからもう救い様がない。
そんでもって、そんなこいつが愛しくないわけがない。
「……」
「シカマル?」
チャクラを限界まで使い切って、自害するつもりで腹を切って抉って、冷たい川の中を歩き続けて、命に別状はないが思い切り過ぎた行動だったと綱手様が言っていた。
俺たちがあの任務で追った怪我は、致死に至るもの以外は木の葉に戻っても治療されることはなかった。
アスマ曰く、【今回の失敗を教訓にするためにその程度の怪我は自力で治せ】だそうだ。
当然俺たちは不平を訴えたが、どの医療忍者に頼んでも誰一人治療してくれることはなかった。
多分裏で何か言われてたんだと思う。
前だったら休めって言われたら何も言わずに家に引きこもって将棋でもしてたかもしれないが、忍者になった、中忍になった今じゃそんな暇すぎる時間が少し煩わしい。
しかも今は木の葉復興のためにみんなが力を合わせているときだ。
それを黙って見ていることができるような薄情な奴は、この木の葉には誰もいないだろう。
「なあシカマル」
「…なんだよ」
「指、大丈夫なのか?」
「……お前の怪我に比べれば大分大丈夫だっての」
「はは…」
「………お前はどうなんだよ」
「ん?ああ全然大丈夫だっつの!早いとこ任務してーのに、ねーちゃんが許してくれなくてよ」
そう言うキバの身体は鎮痛剤が切れてきたのか微かに震えている。
比較的大きな怪我だけを塞いでもらっただけなんだ、大丈夫なはずがない。
痛まないはずがない。
辛くないはずがない。
それを隠して笑うキバに、胸が痛んだ。
「んな辛気くせー話もういいって!そういやナルトな怪我が治り次第修行の旅に出るらしいぜ。俺も早く修行してーなー。あ、でも俺の怪我のが早く治るよな…そうなったら一緒に修行しようぜ」
「めんどくせー」
「ひっでえ!なんでお前はそういうことばっかり言うんだよ…」
「さあな」
「なんだよそれ…」
不満そうに口を尖らせたキバはまた小さく笑った。
その笑い方はいつもと同じはずなのに苦笑のように見えてどこか哀愁を漂わせている。
こんな扱い方しかできないのは俺が不器用な証拠だろうし、改善したいと考えたこともあったが結局は何をすることもなく面倒臭いの一言で諦めてしまった。
そのせいでキバには相当辛い思いをさせてしまったはずだ。
いや、きっと、今でも。
「なんだよ…シカマルゥ、俺のこと嫌いなのかよ…」
「別に。んなこと言ってねぇだろ」
甘ったるい言葉を漏らすキバにも冷たい言葉しか返してやれない自分に腹が立って仕方ない。
それ以上何も言葉を返さない俺を見て、またキバが寂しそうに微笑んだ。
中忍試験の前日、俺はキバに呼び出された。
誰もいない森の奥。
きっとキバと赤丸が毎日修行をした場所なんだろう。
あちらこちらの木にはあいつらお得意の技でついた跡があり、地面には数本の苦無が刺さっている。
その中でキバは、相棒の赤丸も連れずに静かに立っていた。
いつも騒々しいあいつが大人しいのは少々違和感があったが、ぎゃーぎゃー騒いで欲しいわけでもないから何も言わない。
風の音しか聞こえない仄明るい空間で、風の音にすら掻き消されてしまいそうな程小さな声が聞こえた。
『………好き』
その言葉に俺は何て返したんだろう。
みっともないぐらいに狼狽えていたからどんな行動をしたのか覚えていない。
ただ、俺が間違えた手を打ったことと、キバの悲しそうな笑顔だけが、まだ頭に残っている。
それから俺たちの関係は微妙に変わった。
それまでは、アカデミーでよく遊んだ同級生。
あの日から、俺とキバはそういう関係になったんだろうと思う。
曖昧な判断しかできないのはその考察に辿り着いた理由が不確かすぎるからだ。
別に会おうとして会うわけじゃない。
それなのに、会う回数が少し増えた。
散歩のときや任務帰りに会って、少しだけ立ち止まって話して、次の任務や修行や、そんな他愛もないことを話してすぐに別れる。
別に俺が何を言うわけでもないのに、二人きりの時に、キバが好きだと言うようになった。
一度、「俺なんかと話してもつまんねーんじゃねーか?」と聞いたことがある。
驚いたように目を見開いたキバは、またあの笑顔を見せて明るい声でこう言った。
『いいんだよ。俺がシカマルのこと好きなんだから』
あの言葉の裏に何が隠されていたのかは、今になっては考えても何の意味もないことだ。
だから今こそ自分の気持ちをしっかり伝えなきゃいけないときだと思う。
これまでなあなあで済ませていたこの関係も終わらせなきゃならない。
もしその選択で、俺たちの関係が良い方向に向かうとしても悪い方向に向かうとしても。
「なぁキバ」
「ん?」
「お前、俺のこと好きか?」
「?おう」
こんな俺に、何の迷いもなくそう答えられるあいつが愛しくて堪らないのは事実なんだ。
どこかで受け入れられなかったこの気持ちを受け入れなきゃ、あいつの気持ちは何一つ報われない。
「じゃあな、もし」
「うん」
「もし、だぞ」
「うん」
「俺が、お前のこと嫌いだっつっても、それでも俺のこと好きか?」
目を見開くキバの次の一言で俺の行動は変わる。
どんな僅かな表情の変化でも見逃さないように、どんな些細な声音の変化でも聞き逃さないように全神経を目の前のキバに集中させる。
元々こいつはナルトと同じで自分の感情を抑えることができない奴なんだ。
「………もし、お前が…俺のこと嫌いなら…」
「………」
いつもは気丈に吊り上っている目は揺らぐ意志の所為で弱弱しく垂れ、口は溢れようとする本音を我慢しているのか真一文字に引き結ばれている。
僅かに震えている身体は、もしかして痛みとは別の意味で震えているのかもしれない。
「…それなら俺…多分、お前のこと…嫌いに、なる……」
「………」
「もっ、元々、男同士ってのが無理な話なんだよな。…あ、気にすんなよ、俺が、変なこと言ったから…」
「いい」
「…え…」
「もういい」
目尻から零れそうな位に涙を浮かばせて、震えそうに声を必死に堪えて、「気にすんな」って無理矢理笑顔作って。
そんなお前を、嫌いになれるわけないなんてわかりきってたはずなのに。
「好きだ」
「……」
「俺は、お前が、好きだ」
聞き間違いだなんて、幻覚だなんて思わせやしないほどゆっくり丁寧に言葉を紡ぐ。
信じられないと見開かれたキバの瞳から、ついに堰を切ったように涙が溢れた。
「(そうだ、これは現実だ)」
認められなくても無理矢理認めさせてやる。
前の俺じゃ考えられないぐらい、お前に俺の気持ちを伝えてやる。
もう飽きて、いらないって言うまで思い切り甘やかしてやる。
「泣くなよ」
「泣いっ…て、ねえっ…」
「あーそうかい」
「…シカマル」
「なんだよ」
「…………すき…」
「俺も好きだ」
だから、泣くのは今日で終いだ。
【もう二度と泣かせてなんかやらない。 終】
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