べるぜバブ

□壊れたのは二つの自尊心。
1ページ/2ページ



意地っ張りは嫌いじゃない。
それはそれなりに自分を強く持っているということの証明でもあるし、他人に屈しない姿は見ていて気持ちが良い。
でも、たまに論外な奴もいたりするわけだ。

授業を受けるわけでもないのに学校に来ているのが馬鹿らしくなって、止める邦枝の声も聞こえないフリをして教室を出たところだった。
向こうから、夏目と城山に挟まれるようにして神崎が歩いてくる。
その後ろには数人の神崎の下っ端が並んで歩いていた。
頼りなさげに一歩を踏み出す神崎の調は不安定なもので、横の二人の態度で体の変化には十分気づけた。
大丈夫かと声をかけているだろう二人にも返事をせず、一歩一歩踏み締めるようにして歩いている。
下に向けられている視線はきつく己の足を睨みつけているのだろうと何の根拠もなく確信して、じっとこちらに歩いてくる三人組を見る。
近づいてくるにつれて声が聞こえてくるようになった。

「神崎さん。大丈夫ですか?」

「そうだよ神崎君。無理しなくてもいいんだから。」

「……。」

「はぁ…全く、神崎君って意地っ張りだよねぇ。もっと甘えてくれていいのに。城ちゃんもそう思ってるよね?」

「当たり前だ。俺の力では足りないかもしれませんが、できることなら何でも言ってください。」


「……馬鹿だろあいつら。」

夏目と城山の会話が全く意味を成していないことに気づいていないことに少し苛立ちが増した。
今あいつが求めてるのはそんな温い言葉じゃないだろう。
寧ろそんな言葉は片っ端から嫌悪するような奴だ。

「(お前らがそんなところにいるから駄目なんだろ。)」

両脇に部下二人従えてる前で弱音なんて吐けると思うのか?
むしろお前達がいるから無理してここまで来たんだろ?
すぐそこに壁があるのに、お前達が邪魔で手をつくことすらできない。
後ろに行けない、行かない。
横にも行けない、邪魔だ。
ただ前だけを見て、自分の足を叱咤しながら歩いてくる神崎は、確固たる自我を持った獅子に見えたし、虚勢を張る哀れな小動物にも見えた。

それでも人間はどう足掻いても人間だ。
いつか限界が訪れる。

「神崎さん?」

「どうかしたの?」

教室まであともう少し、というところで神崎の足が完全に止まった。
伏せられた顔はどうなっているのか予想できない。
後ろも、横も駄目なら…

「神崎。」

前しか、ないだろ。

呼び掛けた途端にがくりと膝から力の抜けた神崎に、城山が悲鳴を上げる。
前に倒れた体を正面から支えてやると安心したように息を吐いたが、親の敵でも見るような目で俺を睨んできた。
咄嗟に反応できなかった自分が悔しいのも分かるが、俺に当たられても困る。
それにお前らの自業自得だ。

「お前らも大概意地っ張りだな。」

だから攫ってやる。
揶喩を込めた俺の言葉に側近二人が首を傾げる前に、神崎を抱えて歩きだした。



家に帰っても使用人しかおらず、そいつらも俺の素行を知っているので俺が男一人を担いできても何も言わずにただ頭を下げる。
そのまま俺の部屋に向かうとちょうど掃除が終わったところだった。
他の奴らと同じように怪訝な目で神崎を見ていたが、俺が睨みつけるとそそくさと逃げていく。
虚勢を張る小動物よりも哀れに見えた。

肩に担いでいた神崎をベットの上に落とすと、衝撃で意識が戻ってきたのかうっすらと目を開ける。
言葉を吐き出そうと口は動いているが聞こえるのは空気を吐き出す僅かな音のみ。
それすらも辛いのか、しばらくすればゲホゲホと背中を丸めて咳込み始めたので軽く背中を摩りながら結局はされなかった質問の答えを返してやる。

「学校で倒れたから俺の家に運んできた。」

「……な…ゲホッゲホッ!…っ…。」

「辛いなら喋るな。そろそろ限界だろ。」

「…っせ…。」

「風邪ひいたまま学校くる奴には言われたくねぇな。」

まだ何か喋ろうとする様子を見兼ねて黙って寝てろと促し、言い返す気力もないのか素直に口を閉じた神崎が眠ったのを確認してから、サイドテーブルに置きっぱなしだった本を手に取った。
次に口を開いた時は、俺を罵倒するぐらいには回復しているだろう。
そんなことを考えながら、ベットに座り大して面白くもない恋愛小説に目を通した。


「……ひめ…か、わ…。」

「神崎?」

夕方近くなってから目を醒ました神崎は、朝よりは顔色が良いがまだ万全とは言えず、苦しそうに何度か咳をしてから起き上がろうとした。
ぐらりと揺れて今にも上半身を支えている腕から力が抜けそうだったので、腰に腕を回して支えてやると嫌そうに眉を潜めたのが見えなくてもわかる。
今更なのでそのままコップに入った水を差し出せばちらりとそれを見たあとで一息に飲み干した。

「…今、何時だ…。」

「5時かそこらだな。」

「……帰る。」

もぞもぞと動く神崎を素直に離してやれば以外だとでも言いたげに俺を見るが、俺がこんな簡単にお前を手放すとでも思ったのだろうか。

ふらつきながらも扉にたどり着いた神崎が扉を引く。

開かない。

動きを止めてしばらくすると舌を打った神崎が、今度は扉を押す。

扉は神崎を拒絶したままだ。

苛立たしげに身を震わせて足を振り上げたその本調子じゃない体が、咄嗟の動きにバランスを崩して転倒する前に後ろから抱き抱えてやると罵声が飛んできた。

「この糞リーゼント!どういうつもりだ!」

「別に帰してやるなんて言ってないだろ?」

「てめぇ…!」

首を掴んだ腕に力が込められるが、いつものギリギリと指が食い込む程の力はかからない。
今のこいつの抵抗なんてあってもないようなもので、俺はそのまま暴れる神崎を横抱きにして今度は優しくベットに下ろした。
広いベットの上を逃げるように起き上がろうとする神崎を抱きしめてシーツに身を沈めると、困惑したように回した腕に手が添えられる。

覗き込んだ瞳が困ったように揺れていて、こいつが今どんな葛藤をしているのかしっかりと分かってしまった。


「なぁ神崎。プライドなんて捨てちまえよ。」

俺はお前の後ろをついて歩くような奴じゃない。
横で甘い言葉もかけてやらない。
ずっと遠くにいる代わりに、いつまでも待っててやるから。

「苦しいなら、俺のところにこい。」

お前が俺のところまでたどり着いたなら、プライドなんて面倒なものは全部投げ捨てて抱きしめてやるから。
ずっとずっと遠く、誰一人いないような場所まで攫ってやるから。

「今日だって、そのつもりで俺のところに来たんだろ?」

しばらく押し黙った神崎が、調子に乗るなよと小さく呟いて俺の背中に回した腕で、何かが壊れた音を確かに聞いた。


【壊れたのは二つの自尊心。 終】


Next 管理人感想


 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ