べるぜバブ
□砕けた琥珀の欠片は胸の奥に。
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そして、休戦から半年が経ち、俺があの森に行くのも大分日常化してきた。
最初は俺が何処かに行く度に首を傾げられていたものだが最近では自然と俺を送り出してくれる奴が増えた。
戦争はまだ休戦状態だが、どちらもそれなりに友好的な態度を取っているのでもしかしたら平和条約締結ということもあるかもしれない。
もしそうなったら、俺は一番にハジメに名前を聞こうと思う。
俺も、隠してきたことは全部話すつもりだ。
何よりも戦いが好きだったはずなのに、俺が今望んでいるものは両国の平和だった。
「出てくる。」
「今日も森へ?」
「あぁ。」
「最近、獰猛な獣が出るそうなのでお止めになった方が…。」
「俺が獣風情に負けるとでも言いたいのか?」
「いえ、あそこへ行くときはいつも軽装なので…せめて銃だけでもお持ち下さい。」
頭を垂れて差し出される拳銃をちらりと見遣る。
昔は手放せなかった黒光りするそれは、今の俺には到底必要と思えなかった。
「いらねぇ。」
「ですが…。」
「いらねぇって言ってるだろ?」
「……すみません。」
「じゃあ行ってくる。」
「はい。お気をつけて。」
頭を下げるそいつを横目に、俺はいつもの場所に向かう。
伏せられた顔が、憎しみと屈辱を耐えるように歪められていたことにも気づかずに。
随分寒くなった森の中で、いつものようにハジメと会いたわいもない話をする。
話すことがない時は大抵お互いの力量を試しあったりしていたが、半年経った今でも負けるのは俺だった。
「チッ…やっぱり今のは右から攻めた方がよかったか。」
「ハッ、そうやって考えて動いてる内は俺に勝てねぇぞ。」
「うるせー。考えてこその戦略だろ。」
草の上に寝転がって息を整えている俺をしゃがみ込んで見下ろすハジメの顔が憎たらしい。
いつか殺す、と小さく呟けば簡単に流された。
悔しくて黙り込むとハジメも口を閉ざしてしまった。
不意に、静かな森の中に電子音が響き渡る。
ポケットを探りはじめたハジメは、小型の携帯電話を取り出し耳にあてた。
「俺だ。…あ?………あぁ、わかった。」
「何だ?」
「平和条約締結だとよ。」
あーめんどくせぇと携帯を再びしまって伸びをするハジメを呆然と見る。
いつかはこうなると予想していたが、まさかこんなに早くこの日が来るとは思わなかった。
「戦争も終わりか…。案外あっさりだな。」
「まぁこっちの国は別に好きで始めたわけじゃねぇからな。早いとこ終わらせたかったんだろ。」
「ふーん。」
会話をしながら俺も立ち上がる。
言わなければならないことがたくさんあった。
それなのに。
パァン…
「…は?」
森に渇いた聞き慣れた音が木霊する。
その音に驚いたのか鳥が一斉に飛び立っていった。
ぐらりと揺れるハジメの体。
咄嗟に抱き留めれば赤で濡れる俺の手。
後ろを振り返れば…。
「お、前…。」
「姫川さん、離れて下さい。そいつは…!」
さっきの部下が銃口を俺に、俺の腕の中のハジメに向けたまま何かを叫んでいる。
奥から沸き上がる、体中が沸騰してしまいそうなこの熱はなんだ。
気づけば、俺の右腕はまっすぐ伸ばされていて、部下の胸には俺が投げたであろうナイフが深々と刺さっていた。
「姫、川…さん…ど……して…。」
痛みになのか絶望になのか、顔を歪ませた部下【だったモノ】が草むらに倒れ込む。
それでもまだ、この怒りは止まらなかった。
気が狂ってしまいそうなほどの激しい憤怒が燃え滾っているようだ。
「…お、い……タツヤ…。」
「っ、大丈夫か!?」
「俺、を…誰だと…思ってんだよ…。腹ァ打たれた…ぐらい、で…死ね、るか…。」
「死にそうな声で言われても説得力ねぇよ!今医者に…。」
「…お前、姫川竜也…だったんだな。」
不意に言われた言葉に息が詰まる。
さっき殺したあいつが俺をそう呼んでいた。
流石に、敵国の大将の名前ぐらいは全部知っていたんだろう。
最初から全部計算ずくで騙したのは俺なのに、何故か湧き上がってくるのは後悔だけだった。
後悔を押し込めて、腕の中の体をきつく抱きしめる。
「…あぁ。」
「俺は…神崎、一…。」
「神、崎…。」
「いまさら…本名知るとか…順番おか、し…よな。」
「もう、喋るな。すぐそこに街があるから、そこに…。」
「…でも…てめぇと、喋る、のは……きら、いじゃ…な、か……。」
「…ハジメ?」
途中で口を閉ざしたハジメを軽く揺さぶる。
痛みで閉じられていた瞼がゆっくりと持ち上がって、口元が緩く弧を描いた。
音のない声と、柔らかい光りを放つ琥珀色の瞳。
俺の大好きなその瞳は、すぐに瞼で隠れてしまった。
「ハジメ。…ハジメ?おい、目を開けろよ。起きろよ、ハジメ…。ハジメ!!」
どれだけ呼び掛けても、何をしても、あの綺麗な琥珀色の目はもう二度と俺を映さなかった。
そして、戦争が終わってから更に一ヶ月の日が流れた。
あれだけみっともなく泣き叫んだのに、俺はまだあいつを忘れることができない。
いや、俺は一生あいつのことを忘れることができないだろう。
忘れてなんかやらない。
朝日の射す琥珀色の部屋で、俺はハジメの最期の言葉を呟いた。
「好きだぜ。」
伝えたかった言葉だけが俺を追い詰めていく。
それを伝えるべき人は、もうこの世にはいないのだけれど。
【砕けた琥珀の欠片は胸の奥に。 終】
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