【enigme‐エニグマ‐】

□笑ったはずなのに心は泣いてた。
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タケマルさんの力のことを知ったのはe-testが終わった後もことだった。
俺もあのコートのことは不思議に思っていたけど、まさか背中の傷を隠しているなんて想像できたわけもない。
でもそんなことは今の今まで気にならなくて、そのことを思い出したのも目の前でタケマルさんが居眠りしていたからだ。

「…………あのー…。」

「……。」

一応控えめに声をかけてみたけれど目を覚ましそうにない。
もう恒例化してる姉貴達とのゲーム大会で疲れたのかもしれないし、ただ単に寝不足なだけかもしれないけど、俺がこんなタケマルさんを見たのは初めてだった。
新しく持ってきたお茶をテーブルの上に置いて、気づかれないようにゆっくり近づいていく。
背中を見たとしてもスミオの話だとちょうど縦に大きな傷があるらしいから見えないと思う。
大体、今は俺のベッドを背もたれにして寝てるから見えるわけがない。
それでもやっぱり気になっちゃうわけで。

スミオは怪我の理由とか教えてくれなかったし(もしかしたら知らなかったのかもしれないけど)いろいろ気になって仕方ない。
何故か未だ傷が塞がりきってなくて今でも血が出たりするらしい。
よくその状態で普通に動けるなと思ってしまった。

「(あの怪力ってどこから出てくるんだろ…。)」

そんなことを考えながら寝顔を覗き込んでいると、タケマルさんがちょっとだけ身体を動かして慌てて離れる。
少し離れたところから様子を見ていたけど、どうやら目が覚めたわけじゃないらしい。
その代わりタケマルさんが苦しそうに息を吐き出した。
首の後ろを押さえて、体を支えていられないのかずるずると床に寝転んだ。
え、と何の反応も出来ないでいる俺の前で、俯せになったタケマルさんの手に赤いものが流れてきた。

「え…え!?」

「…っ…。」

「だっ、大丈…。」

目の前で人が倒れるなんて初めてで何をしたらいいのかわからない。
母さんや姉貴達も出かけてるし、俺はほとんど何も考えられないままタケマルさんを揺さぶることしかできなかった。
何回身体を揺すっても目を覚まさないタケマルさんの頭を抱え込むようにして何度も何度も名前を呼ぶ。
タケマルさんの首から流れた血が俺の服まで滴ってきて、見たこともない様な血の量に頭がくらくらしてきた。
普通に救急車を呼べばよかったんだろうけど、俺にはもうそんな当たり前なことを考える余裕なんてなくて、そんなことありえないのにタケマルさんが死んじゃうような気がして、自分でも気づかないうちに涙がでていた。

「たけまるさんっ…。」

「……っ…うるせぇ…。」

「!!」

「…すぐ治る、から…おとなしく…してろ…。」

うっすらと目を開けたタケマルさんの右手が俺の目元に伸びてくる。
その白い包帯にも赤い血がついていて、更に涙が零れた。
流したくもないのに勝手に流れていく涙を拭い取っていく指先が少し震えていて、名前を呼んだ俺の声も情けないぐらいに震えている。
ぐっと唇を噛んで涙を止めようとしたけど、食い縛った歯から嗚咽が漏れて結局何の意味もなかった。

どれぐらいそうやって泣いていたのかはわからないけど、俺の涙が止まった頃にはもうタケマルさんの呼吸も落ち着いていて、出血も止まっているみたいだった。
身体を起こしたタケマルさんは何もなかったみたいにまたベッドに背中を預けた。
家の中でもコートを脱がない理由が分かった気がする。
首元の血がなかったら本当に何もなかったみたいに思えるし、タケマルさんの顔だっていつも通り過ぎて逆に少し怖い。
これまでずっとこうやって全部隠してきたのかと思うと、止まったはずの涙がまた溢れて止まらなくなった。

「…何泣いてやがんだ。」

「だって…っ…。」

涙に邪魔をされて何も話せない。
安心したせいで腰も抜けてしまって、もうただ涙を拭うことしかできなかった。
そんな俺を見かねたみたいにタケマルさんの包帯を巻いた手が伸びてきて腕の中に引き込まれた。
いつもみたいに背中に回そうとした腕を直前で止めて、コートを掴むだけにしておく。
その下はもしかしたらまだ血が出ているかもしれない。
そう考えるとどうしようもなく怖くなって全身の血の気が引いていくような気もしてしまう。
震える俺に気づいたのかタケマルさんの大きな掌が俺の背中を撫でた。

「……さっきの…。」

「ほっとけ。」

「でも…。」

「てめぇには関係ねぇ。」

「……っ…。」

撫でてくれる手は暖かいのに、かけられる言葉は冷たくて痛い。
ずきんと心臓が痛くなって止まりかけた涙がまた滲んでくる。
これ以上泣くもんかと意地を張って、大丈夫ですか?と声をかけると、ようやく泣き止んだ俺に少しほっとしたような顔をして頷いたタケマルさんから手を放す。


俺はまだ、あの人のことを何も知らない。


【笑ったはずなのに心は泣いてた。 終】



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