【enigme‐エニグマ‐】
□心を殺していく部屋。
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≪――いらっしゃいませ…ここは出入り口のない閉鎖された部屋…一度入ると決してお帰りになれない「歸らずの間」でございます…≫
影から逃れるために入った部屋では、地下へと続く階段がぽっかりと口を開けていた。
生温い風が緩く吹き付けてくる。
「……っ。」
≪これよりこの奥で…No.6のパスワードを交付いたします…≫
どんどん先に進んでいくスミオと崇藤さんの背中を追いかけて階段を下りる。
怖い、とか気味が悪い、とかそういうのとは少し違う、異質の恐怖。
微妙な暑さと酸素の薄さが気持ち悪い。
「モト、大丈夫か?」
「あ…俺は平気。」
「そうか。無理はするなよ。」
上着を脱ぎながらスミオが振り返る。
その前にはコートを着たままの崇藤さんがいる。
暑くないんだろうか。
そんなことを考えている間に階段が終わり、目の前には真っ白な新しい扉があった。
壁も階段も古い木造建築だったのに、この扉だけが新しい校舎のものと同じだ。
新しく作り足したとも思えないけれど、もしかしたらそのぐらいはやっているかもしれない。
でもその扉の向こうはそれよりも異質な空間で、上下左右関係なく取り付けられた幾つもの扉が不規則に並んでいた。
≪この先は迷路の如き無限回廊となっております どこかにある出口――その部屋にパスワードをご用意しております どうぞお探しください≫
「む、無限回廊!?」
「なんだこれ…なんで床や天井にまで扉が…!?」
入り方なんて考えてないみたいにななめや逆さに無尽蔵に取り付けられた扉まである。
ただ延々と扉の続く廊下が続いている奇妙な状況。
こんな学校があるなんて思えない。
もちろん、地下室がある時点で普通の学校じゃないことはわかっていたけど、普通じゃないってことがこんなに異常だなんて思ってなかった。
異質過ぎる光景に背筋が震える。
「なんだよ…これ…。怖ぇよ…。」
「安心しろモト!出口がある迷路はちゃんとした道を通れば出られるのが当たり前なのだ。それに、俺にはこの夢日記がある!」
「そう…だな…。」
背中を叩くスミオの顔を見て、少し体の震えが収まった。
それでもまだ恐怖は終わらない。
ただただ続いている廊下の先には光がなくて、また影でも出てきそうだなと縁起でもないことを考えてしまった。
思わず俯いた視線の先に、赤い何かがあるのが見える。
「?」
なんだろうと思っている間にまたそのすぐ近くに赤い染みができた。
顔を上げると、赤い染みが点々と続いている。
それを辿っていくと、ガラスに何かを書いている崇藤さんがいた。
包帯の先が赤く染まっているのが見える。
「そ、それ…血じゃ…。」
「怪我をしているのか?」
「…うるせぇ。ただの目印だ。」
血で書かれた【START】の文字。
ゆっくりと流れる赤に背筋が寒くなる。
平然と扉を開けて進んでいく崇藤さんが、どうしてか小さく見えた気がした。
どこの扉を開けても廊下ばかり。
そして少し進んだと思っても、気づけば崇藤さんの書いた始めの場所に戻ってきてしまっている。
何十分、いや何時間歩いたんだろう。
暑さのせいか、酸素が薄いせいか頭がぼんやりとしていてうまく働いてくれない。
「ま…またここかよ…。」
「これで何度目だ…?」
「…スミオ?」
「くそっ…!どうして夢日記が書けない…!?」
「おいスミオ。」
「今こそ必要な時なのにっ…!」
「スミオ!」
廊下に頭を抱えて蹲ってしまったスミオに近寄る。
呼吸も定まっていないし、目がどこか遠いところを見ている。
これはやばい、と本能的に感じてがくがくと震えている手を握ると、こっちの肝が冷えてしまいそうになる位に体温が下がってしまっていた。
「落ち着けスミオ。落ち着いて考えれば…。」
「…わかってる。……少しだけ、静かにしててくれ…。」
「…わかった。」
目を閉じてしまったスミオの傍にいようとも考えたけど、むしろ隣に誰かいた方が休みにくいかと思って少し離れる。
毎日野球部の練習を熟していても流石に疲れてきた体を休めようと俺もその場に座り込む。
扉に背中を預けて、相変わらず長く続く廊下を眺めた。
慣れてきたのか最初のような怖さはあまり感じなくなっていた。
丸二日ほとんど寝ていないせいか、落ちてくる瞼を必死で持ち上げる。
脳全体が眠っているみたいに思考がまとまらない。
強烈な眠気に耐えきれなくなってゆっくりと瞼が落ちていく。
それを止めたのは突然の上半身への衝撃だった。
「!?」
「しっかりしやがれ!」
「モトっ、大丈夫か?」
「え…?」
がくんと大きく揺れた体に眠気が吹っ飛んでいく。
目の前には俺の胸倉を掴んでいる崇動さんがいた。
その後ろから顔を出しているスミオもなんとか落ち着いたみたいで、少し休んだせいか顔色もよくなっている。
「じゃあまた出口を…。」
探そう、と言いながら立ち上がろうとしたけれど、いつまでも変わらない視界の高さで自分の足に全く力が入ってないことに気づく。
「……?」
「顔色が悪いぞ。すまん、もっと早く気づいていれば…。」
心配そうに顔を覗き込んでくるスミオがいるけれど、俺は別にそこまで疲れてないと思う。
そろそろこの場所にも慣れてきたし、時間もないから早く出口を探そうと言うと、二人が驚いたような信じられないような微妙な顔をした。
「?」
「…俺が担いでいく。それでいいだろ。」
「……あぁ、そうだな。」
「え、いや、大丈夫ですって。」
「立てもしねぇくせに意地張ってんじゃねぇ。」
「意地とか…。」
「モトの言うとおり、時間もないしそろそろ捜索を再開しよう。」
抗議する前に腕を引っ張られて軽々と肩に担がれてしまった。
そしてそのまま歩き出す。
「………?」
どうしてかわからないけど、目が覚めたような生き返ったような不思議な感じがした。
【心を殺していく部屋。 終】
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