【enigme‐エニグマ‐】

□はじめてのともだち。
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今日はたけまるさんも用事があるとどこかに行ってしまっていて、特にやりたいこともない俺は布団の上でひたすら転がっていた。
こんなことをしても目が回るだけで特に楽しくなかったけれど、暇を潰すためにはこれぐらいしか方法がない。

「んー…。」

そういえば喉が渇いたような気がする。
台所で水を飲んで、昼寝をしようとたけまるさんの布団に飛び乗ろうとした瞬間、目の前にあった窓から何かが顔を出した。

「!?」

こんなことは初めてでどうしたらいいのかわからなかったけれど、手は勝手に動いて布団の上に置きっぱなしだったコートをひっつかんでいた。
とりあえず急いでそれを着て耳としっぽを隠す。

「…〜!……〜!」

「……?」

窓の向こうではその子供が何か言っているけれど、ほとんど聞き取れない。
しばらく腕を組んで何かを考えていたその子が、はっと何かを思い出したように顔を上げて、被っていた帽子を脱いだ。
俺と同じぐらいの子供の頭の上に、ぴこぴことよく動く耳が見えて、ゆっくりと近づいていくとそれはニコニコと楽しそうに笑う犬の子供だった。
初めて見た俺と同じ様な子供に、尻尾が勝手に反応する。
ゆっくり近づいて窓を開けると、その子はまた楽しそうに笑った。

「俺はスミオなのだ!」

「……モト。」

「そうか。良い名前だな!」

「あ、ありがとう。」

ひょい、と自然に差し出された手の意味が分からず、とりあえず見よう見まねで手を出すとその手を握られて軽く上下に振った。
もしかしてこれは握手なのかもしれない。

「今から友達の家に遊びに行くんだが、モトも一緒に行こう!」

「え…!?い、いいよ。外、こわいし。」

「怖くないぞ!」

「だって…。」

「大丈夫なのだ!俺が一緒なら怖くないぞ!」

「……。」

「俺だけじゃない。アルもクリスもいるぞ!みんなで一緒に遊ぶと楽しいのだ!」

今まで俺と一緒の姿をした奴なんてみたことがなかった。
友達ってのも、あの女の子ぐらいしかいなかったかもしれない。
だから、俺は迷ってしまったんだ。

「ほら、一緒に行こう!!」

「………うん。」

俺は頷いて、いったん窓を閉めた。
何かあった時のためにともらっていた合鍵で玄関を施錠して、ちゃんとコートのポケットに突っ込んだ。
玄関で待っていたスミオが差し出した手を握って、二人で廊下を駆けた。



「え?すみお、ここって…。」

「アルの家だぞ。」

「へー…。」

目の前にはこの前テレビで見た【ごうてい】ってやつがある。
そのまま普通に開いた門から中に入っていくスミオの後を追いかけながら、テレビで見たみたいに黒い服を着た怖そうな人たちが追いかけてこないかとひやひやした。
大分歩いてようやく玄関に到着したけど、そこでも何もせずにドアを開けて入っていくスミオに、中に入っていいのかどうか迷う。
スミオは何度か来ているのかもしれないけど、俺は初めて来たわけだし、さすがにそれは駄目かもしれない。

「モト?何をしているのだ?」

「い、いや…。」

「早く来ないと約束の時間に間に合わなくなってしまうぞ。」

「……わかった。」

ぐいぐいと手を引っ張られて歩き始める。
慣れた様にすみおが入っていった部屋には、犬と猫が一匹ずついる。
猫の方は怪我をしているみたいで、布団の上で綺麗な毛をした犬と話をしていた。

「おはようなのだ!」

「あ!スミ君!」

「おはよう。…あれ?後ろの子は…。」

「モトだ!さっき友達になってな。」

「……こんにちわ。」

「そんなに緊張しないで。僕はアルだよ、よろしくね。」

「僕はクリス。よろしく。」

二人とも握手をして、あるの寝ているベットのすぐそばの椅子に座る。
今日は何をしようかとすみおが話している中で、コンコンと扉を叩く音がして思わずあるの後ろに隠れてしまった。

「アル。調子はどう?」

「今日はすごく良いよ。」

「そう、おやつはメイド達に頼んでおいたわ。」

「ありがとう。」

「私達は隣の部屋にいるから…あら、その子は?」

その子っていうのは多分俺のことだろう。
コートを被ったまま頭を下げると、コツコツと足音が近づいてきた。
何か言われるのかとフードを押さえてびくびくしていると、目の前まで近づいてきたその人の匂いがなぜか懐かしく感じた。

「……?」

「………あなた…もしかして、心なの…?」

小さく聞こえたのは、俺の名前。
今とは少し発音が違う、でも、ちゃんとした俺の名前。
この名前をつけてくれた女の子の面影が、目の前の人と重なって確信に変わった。

「……ひぃちゃん?」

「やっぱり…。」

すみお達が不思議そうに首を傾げているけれど、俺だってこんなところでひぃちゃんに会うなんて思っていなかった。
【あいたくちがふさがらない】って言葉があるらしいけど、今がその言葉通りの状態だと思う。
静かになった部屋の中で、隣の部屋から聞きなれた声がしたような気がして自然に耳が動いた。

「たけまるさん!」

「え?」

「む?どうしたのだ?」

「たけまるさんだっ!」

そんなわけないかなと思いながらも無意識に体は部屋から飛び出していて、隣の部屋に駆け込むと目の前にはたけまるさんの背中があった。
条件反射でいつも家でやっているように飛びつくと、たけまるさんの隣にいた人がキャアと短く悲鳴を上げた。
なんかごめんなさい。

「え?何この子…。」

「俺の友達だぞ!」

「スミオの友達?」

「…なんでてめぇがこんなところにいやがる。」

「うっ…。」

「家は。」

「ちゃんとかぎ閉めてきた!」

ポケットに入れていた合鍵を見せると、よくやったと言うように頭を撫でてくれる。
少し強めの力がちょうどよくて気持ちいい。
最初のころは強すぎたり弱すぎたりしたけれど、ようやく慣れてきたみたい。
じっと撫でられていると、自然に揺れていた尻尾を掴まれるような感覚がして後ろを向くと黒い髪の男の人がいつの間にかコートから出てしまっていた俺の尻尾を触っていた。

「…猫もいいな。」

「うにゅ?」

「お前のとこには犬がいるだろうが。」

「まぁそうだが…。」

「誰?」

「祀木だ。」

「まつりぎ?」

「僕の飼い主だよ。」

あるを抱きかかえたひぃちゃんと、すみお、くりすが部屋に入ってくる。
すみおはすぐにもう一人の女の人に飛びついて、怒られていた。
まつりぎはくりすの飼い主らしい。
僕と同じように頭を撫でてもらっているくりすが、嬉しそうに笑っていた。

「まさか、この子があなたのところにいたなんてね。」

「…どういう意味だ。」

「たけまるさん!ひぃちゃん苛めたらダメだぞ!」

「……はぁ?」

「むぎゅ。」

頭を撫でていた手が床に押し付けるような力に変わる。
怒っているわけじゃないみたいだけど、とりあえずなんか不機嫌だ。
俺、なにかしたっけ?

「そんなことは別にいいでしょう。とりあえず、今日の話し合いもほとんど終わったしそろそろ解散にしましょうか。」

「そうだな。」

「えー!まだ俺は遊んでいないのだ!」

「スミオ!わがまま言わないの。」

「いいわよ。好きな時に遊びにいらっしゃい。」

「わーい!なのだ!」

「ほんとにもう…。」

「来宮さん、気にしなくていいわよ。みんなが来てくれた方がアルも楽しいもの。ね。」

「うん!スミ君やクリス君が来てくれて、僕すっごく嬉しいよ!モト君も、また遊びに来てね。」

「う、うん。」

「では次の集会は二週間後にこの場所で…で、構わないな?」

「えぇ、大丈夫よ。」

「じゃあ、今日はありがとうございました。」

「しげるっ、俺はもう少し遊んでいくぞ!」

「はいはい…ちゃんと晩御飯までには帰ってくるのよ。」

「大丈夫だ!」

「本当かなぁ…。」

みんなが鞄を持ったり上着を着たりして、変える準備をし始めた。
扉の前で、ひらひらと手を振るくりすに手を振りかえす。

「じゃあまたね。」

「うん。」

「黒猫はいいな…。」

「祀木は僕じゃ不満?」

「ち、違うぞ!?」

「ふふ、冗談だよ。」

「あ、私も途中までご一緒していいですか?」

「「もちろん。」」

「ありがとうございます。」

二人と一匹が並んで帰っていく。
帰るぞ、とたけまるさんに言われて、俺も座っていた椅子から飛び降りた。

「じゃあね心。」

「モト!」

「?」

「俺の名前、モトだよ!」

「……そう。じゃあまたね、モト。」

「うん!」

一瞬ひぃちゃんがさびしそうな顔をしたけど、すぐに小さく笑って頭を撫でてくれた。
あるとすみおにも手を振って、先に行ってしまったたけまるさんを追いかけて廊下を走る。

二週間後が楽しみだ。


【はじめてのともだち。 終】


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