その他

□大好きなんて死んでも言えないけれど。
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真冬さんとの勝負に負けた。
負けたと言うよりはいろいろあって――俺が熱中症で倒れた挙げ句に熱出したのが原因なんだけど――うやむやになったって言うのが一番正しい気がする。
でも絶対に、確実に負けたんだ。

「うー……。」

「まだ悔しいの?」

「……悔しいに決まってるじゃないですか。」

「ふーん。」

どうでもよさ気に林檎を丸ごとかじっている舞苑先輩は、こういう時だけはSだと思う。
いつもはMのくせに、都合の悪いときだけこうなんだ。
普段みたいに騒いだり変な言動でもあればこんな重い雰囲気にはならないのに。

「……真冬さん、帰りましたよ。」

「うん。大分前に帰ったね。これって放置プレイかな?」

「違うと思います。……だから、そうじゃな」

「帰って欲しいの?」

ほら、こうやっていきなり核心を突いてくるところなんて俺の反応を見て楽しむ為じゃないのか?

情けなくも熱中症で倒れて家まで運ばれた俺はまだ自分のベッドに寝転がったままで、そこを舞苑先輩に覗き込まれると視線を逃がすところが無くなった。
いつものような何を考えているかわからない目がじっと俺を見ていて、どう言葉を返そうか考え倦ねる。

「……。」

「帰って欲しいなら帰るよ。それとも、やっぱり真冬さん呼ぶ?」

「い、いいですっ!」

携帯電話を取り出して操作し始めた先輩の手から携帯をもぎ取るように奪う。

「(この人絶対に本気で真冬さんの実家に電話するつもりだった…!)」

真冬さんの電話番号が入力されている画面を見て、電源を切ってから先輩の座る場所とは正反対にあるサイドテーブルの上に置いた。

「わざわざ切らなくてもいいじゃないか。寒川の大好きな真冬さんを呼ぼうとしただけなのに。それともそういうプレイ?」

「どんなプレイですか!全く…違いますよ。」

「……大好きは否定しないんだ。」

「なっ…!」

「やっぱり、寒川は真冬さん大好きだもんね。」

「…舞苑、先輩…?」

「嫉妬して、もやもやして悩んで、泣いちゃうくらい好きなんだもんね。」

「……見てたんですか。」

「うん。」

何てこともないように簡単に頷くけれど、俺はそんな簡単に、あぁそうですかとは言えない。
目が覚めてから、他の奴らは大騒ぎして氷とか探しに行ってたと真冬さんに言われて安心したのが間違いだった。
きっとこの人のことだから、飄々とその場でかき氷でも食べていたんだろう。
まさか、この人に見られるなんて――…。

恥ずかしくて情けなくて、何故か冷えたような目で俺を見る先輩を見ていられなくて、肩辺りにまで被っていた布団を頭の上まで引き上げた。
男同士で付き合うなんて考えられないけど、所詮俺と先輩はそういう仲だ。
でも、あんな底冷えするような冷たい目は見たことが無かった。

このままこうしていれば、先輩も諦めて帰るだろう。
早く帰ってくれと念じながらじっと動かずにいると、いつのまにか瞼が重くなっていて気づかないうちに眠ってしまっていた。



ふと目を覚ますと真っ暗だった。
感じる息苦しさに、そういえば布団に潜り込んでいたんだっけ、なんて考えながら布団を退ける。
クーラーがついたままだったのが救いだった。
こんな真夏日に冷房の効いていない部屋で普通の布団を被って眠れるはずがない。
体を起こして息を吸うと新鮮な空気が肺いっぱいに入り込んで、何度か深呼吸をした。
その時、ガチャリとノブを回す音がして、誰かが顔を出した。

「あ、起きてる。」

「っ!?ま、舞苑先輩っ!?帰ったんじゃないんですか?」

「帰ったよ。」

「じゃあどうして…」

「家に帰って荷物取ってきた。」

はい、とベッドの上に置かれた大きなリュックはどう見ても登山家が愛用しそうな物だ。
そう言えば明日はキャンプだと真冬さんと話していた気がする。

「(…俺には何も言わなかったくせに。)」

なんだよ。
あんたは、俺よりも真冬さんが大事なんじゃないか。
俺だって真冬さんは好きだ。
誰よりも尊敬してるしいつまでも大好きだ。
でも…。

「……舞苑先輩のばーか。」

「それは褒め言葉として受け取るけど。」

「(先輩だって、人のこと言えないじゃないか。)」

俺達はみんな、真冬さんがいなくなっても真冬さんが好きで、いつまでも真冬さんが好きなんだ。
それなのに、舞苑先輩と真冬さんが一緒にいるともやもやするんだ。
苦しくて、悔しくて、大切な宝物を横取りされたような気分になって…。

「寒川。」

「…なんですか。」

「泣かないの?」

「どうして、俺が泣くんですか。」

「泣きそうな顔してる。」

ほら泣いてる、と親指の腹で目元を拭われると、昼間止まった筈の涙が溢れてきた。

「…っ…。」

「まだ泣き足りなかったんでしょ。あのあとすぐにみんな戻ってきたし。」

「……違う。」

「?」

「…俺は、真冬さんが好きだ。」

「うん。」

「でも、それよりも先輩が…っ…。」

「うん。」

「…みんなに好かれる真冬さんが、うらやましい。俺は、どんなに頑張っても真冬さんの変わりになんて…!」

慣れっこないんだ。
そう続く筈だった言葉は吸った息と一緒に飲み込まれてしまった。
いつの間にか俺は舞苑先輩に抱きしめられていて、舞苑先輩はゆっくり俺の頭を撫でていて、何が起きているのかよく分からなかった。

「せん、ぱ…。」

「寒川。」

「……はい。」

「俺も、真冬さんがうらやましい。」

「え?」

「寒川に尊敬されてる真冬さんがうらやましい。
正直、真冬さんがいなければ俺が寒川の一番だったのになーなんて思ったり思わなかったり。」

「どっちなんですか。」

どっちだろうねー。なんて先輩らしい呑気な返事がおかしくて、小さく笑う。
ぐしゃぐしゃと髪を掻き混ぜる様に頭を撫でる手が、眠る前に見た冷たい瞳が嘘だったように優しくて暖かい。

「明日のキャンプに誘おうとしたのに、ずっと真冬さんから逃げててあんまり話せないし…寒川も寒川で真冬さん好き好きって態度に出し過ぎ。そういうプレイだったりする?」

「違います!」

「あ、そう。」

「先輩だって、真冬さんのこと好きじゃないですか。」

「確かに好きだけど。」

「即答しないで下さいよ。」

「でも、真冬さんと寒川って言われたら寒川。」

「……そうですか。」

「照れてる?」

顔を覗き込んでこようとする先輩に思い切り抱き着いてそれを阻止する。
こんな情けない顔、見せられるはずがない。

「…〜っ。」

「耳、真っ赤だけど。」

だって、こんなに体が熱いんだ。

あぁ、やっぱりこの人には敵わない。
いつも、いつだって俺はこの人が大好きなんだから。

顔を見られまいと必死に抱き着く俺の耳元で、先輩が小さく笑ったような気がした。


【大好きなんて死んでも言えないけれど。 終】


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