その他

□ちっぽけな支配欲。
1ページ/2ページ

 


部活は休みだし天気も良好。
こんな日は家でゴロゴロしたりひたすら近所の公園でバスケをしたりしていることが多いけど、今日は少し違った。
別段格好を気にしたつもりはないけれど、今着ているのはこの間買ったばかりのTシャツとお気に入りのジーンズ。
初めてでもないくせに妙に気合いの入った格好になってしまった。
【デート】なんていう単語で表すのはお互いに気恥ずかしくて、そんな雰囲気のある誘い方をされたこともしたこともないけど、それがちゃんと意味があることだとはお互いにしっかりわかっている。

とは言っても表向きはただの買い物で、駅を四つ通り過ぎた場所にある大型ショッピングモールに行くだけなんだけど。
あの人が改札のベンチに座ってぼんやりと時計を見上げる。
予定していた時間の十五分前だ。
もう一本後の電車でもよかったなと中々進まない時計の針を眺めていると、お気に入りの洋楽の着信音と共にポケットに入れたままの携帯が震えだした。

「もしもし?」

『あぁ、火神。悪いけどちょっと遅れそうだ…。』

「別に少しぐらい構わねえ…っすよ。」

それだけのことでわざわざ電話してくるってのがあの人らしい。

『なるべく早くいくから…ちゃんと、大人しくそこで待ってろよ。』

「俺は餓鬼か!」

『ははっ。じゃあ切るぞ。』

「うす。」

向こうからは電車の音は聞こえなかったから、きっと家を出たところなんだろう。
寝坊するなんて珍しいが、昨日もビシバシ監督に扱かれてたから仕方ないと思う。
「久々にゆっくり体を休めてね!」なんて言われても、体力を使うことになれてしまった体は動きたくて仕方ない。
どうせ暇なんだろうし、後で1or1でも頼んでみようかと今日も今日とて持参している愛用のボールを軽く回した。
それをボストンバックの中にしまって、大きく伸びをする。
噛み殺せない欠伸と一緒に、連絡するぐらいだから結構遅れてくるんだろうなと考えたその時、人垣の向こうに写ったのはさっき電話をかけてきたあの人だった。

「……え?」

もしかしたら見間違いかもしれない。
距離はあったし、なによりすぐに人にのまれて消えてしまった。
あれは違う、と頭では分かっているのに心が否定する。

「(今のは、違う。あの人が女と一緒にいるわけがない。)」

これが監督なら俺も納得できたんだろう。
でもあの人を取り囲んでいたのは見たこともない様な女たちで、その真ん中で困ったように笑っていた日向サンがいた。
もう欠伸なんて出ない、ただ零れるのは失笑だけだ。
ああ、だから【大人しく待て】って言ったんだな。

「いいぜ、しょうがないから待っててやるよ。」

なんて言って大人しく待てるほど俺は女々しくないぜ。



日向サンとあの女たちを追いかけていくと、明らかに危ない場所に来てしまった。
昼間でもこんな場所があるんだなと思いながら声をかけてくる女たちを適当にあしらっていると、いつの間にか予想以上に日向サンとの距離が縮まっていた。
数メートル、後ろを振り向けばほかの奴らより背が高い俺なんてすぐに見つかっちまう距離だ。
別に隠れるつもりもないのでどんどん距離を縮めていく。
あと一メートルというところまで来たとき、何かに気づいたのか日向サンが振り返った。

「げ!?なんでお前ここに…!」

「あんたが来ないから迎えに来た…っす。」

「待ってろって言っただろ!」

「俺大人しくしてるの苦手…っす。」

スパーンといい音がして頭に衝撃が来る。
平手だっただけまだマシかもしれないが、それでも容赦なく叩かれてジンジンと痛む箇所を押さえて騒ぐ日向サンを宥めていると、少し離れたところで俺達を見ていた女たちが俺の腕をつかんだ。

「あら、お知り合い?」

「貴方も一緒に遊んでいきましょうよ。」

「いや俺は…。」

「ほらほら、早くいきましょ。」

「だから俺はっ…!」

ずるずると力強く引っ張られてしまえば更に怪しい場所に足を踏み入れてしまう。
どうせ日向サンもこんな感じで声をかけられて引きずられてしまったんだろう。
理由は分かったので早くここから逃げ出したいと思っても、全身で俺の後退を止めてくる女たちを乱暴に振り払えるわけもなくどんどん先に進んでしまっている。

「ちょっ…俺、こういうの興味ねー…!…っす。」

「あら、もしかして初めてなの?いいわよいいわよ、うぶな男の子って大好きだから。ちゃーんとお姉さんたちが可愛がってあげるわよ。」

「だからいいって…!」

「いいっつってんだろうがダアホ!」

後ろから聞こえた怒声に、俺を含めた全員の動きが止まる。
振り返ると完全に【入って】しまった日向サンがいて、後ろから立ち上る黒いオーラに俺の腕をつかんでいた女が小さく悲鳴を上げた。

「俺ら、こういうの興味ないんで。行くぞ火神。」

「え、あ…。」

「早く来いよ。」

日向サンをカモだと思って近づいたんだろう女たちは、あまりの豹変にがたがたと震えてしまっている。
俺だって、この後どんな風に怒られるのか考えると少し怖い。
また殴られんのかなぁと思いながら日向サンの隣を歩いてそこを立ち去った。
普通の道に戻っても何も言わずに歩き続ける背中を見ていると、突然振り返った日向サンに思い切り肩を叩かれた。

「いってぇ!」

「待ってろって言っただろうがドアホ!!」

「い、いやだって…あんたが女に連れてかれるとこなんて見て黙ってろってのが無理な話だろ…っす。」

「自分が連れて行かれそうになってたくせに何言ってんだ。俺はタイミングよく逃げ出そうと思ってたんだよ!」

また思いっきり背中を叩かれる。
心配してたのになんてオチだ。
大分時間も無駄にしたし、なんか精神的にも疲れたしいろいろ災難だ。
どうせこのまま帰るんだろうなと時計を見て考えていると、目の前にストリートバスケのコートが見えた。
日向サンも気づいたのか俺の腕を掴んで歩き出す。

「よし、じゃあバスケするか!」

「なんで!?」

「力が有り余ってるんだよ。文句言ってねぇでやるぞ!」

「横暴過ぎんだろ…。」

そんなことを言っても別にこんな休みも嫌いじゃない。
フェンスの向こうから女たちが色めいた目でこっちを見ていたけど、もうそれすらも気にならなかった。


生憎、この人が好きなのは俺だけなんだぜ。


「?なんでにやけてんだ?」

「いや別に。早くやろうぜ…っす。」

「お前は早く敬語使えるようになれよ。」


この人は俺だけのもんだから。
ぜってー手放してなんかやらねーよ。


【ちっぽけな支配欲。 終】


Next 管理人感想


 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ