《Req&gift-1》
□艶花
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――…政宗、殿ぉ……っ!
顔はぼんやりしてよく見えなかったが、甘く濡れた声は目が覚めても耳の奥から消えなかった。
琥珀の隻眼に朝日が射した。寝て覚めるまで短すぎる。…あんないい夢見てたのに…。そう思って政宗は頭を抱えた。
夢にまで見るなんて病気か俺は!
まったく有り得ない。夢には見ても、現実を見てしまっているから想像がつかない。
…あいつは燃えたぎる炎には違いないが、ただ咲いて散る花じゃねえ。
「………幸村…」
炎宿した眼差しに灼かれる。若虎の咆哮は鼓膜だけではなく心の臓までも震わせる。がむしゃらに向かってくる姿に夢中になって、剥いた牙をいつ喉笛に立てられてもおかしくはないだろう。
戦場では紅蓮の鬼とも呼ばれているくせに、平素はがらりと印象を変えてくる。
笑った顔はひだまり、泣き顔は雨模様、表情がくるくる変わる様が子供だ。計算など幸村本人はしていないだろうが、政宗の心をがっちり掴む虎の爪と同じ。
鬼と言われる顔と子供みたいな顔を見たあとで、色欲に身をまかせる姿は想像もできない。
「……。…ねーよ。あいつのことだ」
声が出るにしても、色気なく叫ぶんじゃねえか。しかも、女の経験もない奴が男相手にとか。
朝からバカなことを延々考えていてもどうなるというわけではない。寝床の内で思いきり背伸びをすると、知った気配がやってきた。
「…政宗様、お目覚めになられましたか」
「おう」
襖が静かに開いて、竜の右目が礼をする。
「Good Morning……」
入ってきた腹心を見て、また夢が馬鹿げてるものだと政宗は思えた。
幸村が恋慕しているのは自分ではない。告白めいたこともしたが、その時に幸村からはっきり言われたのだった。
――某、片倉殿をお慕いしておりますゆえ、政宗殿にはお応えできませぬ!
…ああもうエラくはっきり言われたよな。乙女のように頬染めることもなく、宣戦布告でもするみたいな顔だった。
「…なあ小十郎、幸村とはどこまで行った?」
「…はい?」
突然話を振られて、強面が一瞬崩れた。
「…遠乗りでしたら、京あたりまでは」
「本気かそれ。幸村の天然ボケうつったのか」
主に言われて小十郎は、ああ、と納得したが、それ以上は何も言わなかった。咎める視線にも折れる事なく、無言を貫く。
「小十郎ー……」
「…早くお着替えなさいませ。真田と稽古されるのでしょう?」
言われて思い出した。昨日から幸村が奥州を訪れていて、今朝は朝稽古をしようと約束していたのだ。
せっかくのデートに遅れちゃまずい。政宗は慌てて身支度を整え始めた。
「政宗殿、遅うござる!」
道場に入ると、もうひと汗かいた幸村が待っていた。若い連中も何人かいたが、揃いも揃って肩で息をしている。
…紅い戦装束も似合うが、白い稽古着も結構イケるな。幸村を頭のてっぺんからつま先まで眺めながら、政宗は笑って見せる。
「主役は遅れて登場するもんなんだよ」
「…はあ。そのようなものでござりますか」
幸村はどうも腑に落ちないようだが、政宗は構わず差し出された木刀を手にした。
「さぁて、朝メシ前にかるーく運動しとくか」
「望むところ!いざ参るっ」
…やっぱり炎だ。
双眸ばかりではない。息遣いまで闘志に燃えて、消える気配などまったくない。灼かれてもいい、アンタの炎になら心の臓が焼き尽くされたって。
これが褥で咲く花になるとは到底思えない。息吐く唇が甘くとろける喘ぎを洩らすのか。その目の中に誰がいる…?
「筆頭!」
「政宗様っ!」
紅炎をまとったケモノが迫り来る。若き竜も蒼雷宿した剣を手に床を蹴り上げた。
「…やってみやがれ、真田幸村あァッ!!」
「うおおおオォッ!!」
どうせ散る命なら、燃えて燃やして灰も残すな。