bun

□遠い背中
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どうしてか、地上に降りた一日目の朝は不思議と早くに目が覚めた。
時計の短針は四時を示している。
隣のベッドでまだ寝ているクリスティナを起こさないように、静かに部屋を抜け出した。

私たちが泊まっているのは王留美が用意した豪邸と言っても良いぐらいのお屋敷。まだ少しの使用人しか起きていないのか、音がしない廊下を散歩していた。玄関まで来ると見慣れた背中がそこにあった。
「…ロックオン。」
静まり返ったホールで私の小さなつぶやきは、決して近くはない彼の耳にも届いたようで、振り返り目が合う。
「フェルト…」
おはようと言うと彼はおはようさんと返しながらこちらに近づいてきた。
「どこかに出掛けるの?」
よく見ると手に車の鍵を持っていた。でもそう聞くと彼は困ったような顔をした。
「まぁ、な。」
ほら、オジサンだって男だし。

…嘘。
私の頭を撫でながら、笑いながら答える彼は、でも、悲しそうな笑顔だった。
とっさに、彼の服を掴む。彼は驚いてるけど、そうせずにはいられなかった。
悲しいとき、泣いてるとき、彼に側にいてもらったのに。彼がこんなにも辛いときに、私は側にいる事が出来ない。必要とされてない。
それどころか笑って誤魔化される。
それは、私が子供だから?
それとも、弱いから?
私はあなたの力になれないのですか?
側にいられないのですか?
こんなに近くで彼を掴んでいるのに、彼の背中はとてもとても遠い。
いつの間にか私は震えていた。
「ロックオン、逃げないで…」
事実から逃げないで。
辛くなったらみんながいるよ。
わたしが、いる、よ。
だから…
「逃げないで…ニール」
彼が息を飲んだのは一瞬。
「フェルト、ごめんな。」
私は彼を掴んでいる掌に更に力を入れた。彼を放したくなくて。
「なぁフェルト、ハロを見ててやってくれないか?」
顔をあげると目の前にハロがいた。私はとっさに両手を差し出して受け取る。だって、私は彼のように片手でハロを抱えられないから。
「……あ、」
ようやく彼が意図した事がわかったけれど、その時にはもう、遅かった。
放してしまった。
彼を引き留めていた糸を。
「じゃあ、な。」
「……っ!」
声にならない。足が動かない。彼は最後にまた私の頭をくしゃりと撫でて、屋敷の外へ行ってしまった。聞こえるエンジン音。
「待って、ロックオン!」
やっと声に出た言葉はもう、彼には届かなかった。








END
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