連想異譚・弐

□「未来への約束」第1幕
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 ほの白い月光を受けて建つ、その鳥居は。

  紅い、血の墓標に今の私には見えた。




  土蔵を出て、例の神社へ向かう道中。

 後ろをついてくる新撰組の男は、警戒していたのか、ある程度距離を取っているようだった。

  当然ながら、目指す先にみんなは居ない。
  約束した、1人を除いて。

 少しでも時間を稼ぐ為に、ゆっくり歩いたとしても、いずれ神社に着けば嘘はばれる。

  あの男が、その時どんな態度を取るのか・・私だって想像がつく。
   





   「・・・全く、お前というやつは」


 彼が、以蔵が居たら、絶対また言われちゃうね。


   「後先考えず動くな。本当に危なっかし過ぎるぞ」


 やれやれって呆れ顔で、おでこをコッツンと突かれて、でも最後は仕方がないなって微笑んでくれる。

  そんな彼の表情を思い浮かべて、私は自分の口元がほころんでいるのを感じていた。

 今、こんなに。
  こんなに、危険な状況にあるというのに。

 不思議と、焦りや不安は無かった。

  約束、したんだもの。

  あの神社で会おうって。

 もしかしたら、彼は既に着いているかもしれない。

  私を・・・待っていてくれるかもしれない。

  そうであってほしい。

 信じてる。
 信じて・・いたい。





 そびえる鳥居を一目見上げてからくぐり、参道を進む。

  男は終始無言だ。

 背中に感じる視線は絶えず注がれていて、不快極まりなく纏わりついていた。

  出来るなら、すぐにでも逃げ出したい。

 歩みが早くなりそうなのを、抑える。
 左肩に掛けたリュックの紐をギュッと握る。

  あと少し。もう・・・少し。

 これだけ時間をかければ、慎ちゃんと武市さんはもう藩邸に駆け込んでいるかな。

  そしたら、きっと大久保さんが救援の人を出してくれるよね。

 龍馬さん、見つかっていませんように。無事でありますように。

 ・・・・・以蔵・・・。




   
   
 境内に、出た。

  薄い月明かりに照らされた空間。

 敷き詰められた砂利の一粒も、音を立てない静けさに満ちていた。

 ・・・まだ・・来てない・・・

  秘かな期待の反動が、心をチクリと刺した。

 私は、ゆっくりと歩を緩め、立ち止まった。

  周囲を見回す。

 後ろの男の空気も、止まった。


   「おい、女」


 粘着質たっぷりの声が聞こえる。


   「誰も居ないじゃないか。一体坂本達は何処に居る?」
   「・・・・・。」


 これから、どうする?


   「ガセか。この俺に嘘を言いやがったな?」
   「・・・・・。」


 以蔵、あなただったら・・どうするの?


   「おい、何故黙っている。聞こえてるのか?」
   「・・・・・。」


  何か、あの男に返さなくちゃ・・何て言えば・・・

 そう、思った矢先。


   「っ!!」


 ずいっと近づいた気配に気づいた時、右肩をむんず、と掴まれた。


   「きゃっ!」


 男の荒い息が耳先にかかり、思わず目をつぶり首を左右に振る。


   「お前、もしや・・」


  左肩も、掴まれる。


   「俺と二人きりになりたかったのか?」


 ・・・・・は?!


   「んなっ?」
   「こんな人気の無い場所に連れて来るとは、俺を誘ったんだろう」


  な、何?!


   「そっ、そんなわけないでしょっ!!」


  男の手を振り解こうと、上体を揺すりながら叫ぶ。

 ガッチリと拘束され、ますます強く掴まれていく。


   「離しなさいっ!離して!!」
   「そう恥ずかしがる事は無いだろう?」


  き・・っ、気色悪いっ!

 ぞわぞわと、全身が粟立ってきて力任せに左肩を後ろに思いっきり振り切った。


   「おぐぅっ?!」


  直後、鈍い音がして、男の呻き声と同時に両肩が解放される。

 無意識に脇を開いて振った勢いでリュックがブンっと流れ飛び、男に当たったらしい。


 ・・今だ!

  私は目いっぱい前へ飛び出し、お社の方へと駆け出した。




      
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