連想異譚・壱

□星合
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   今日はこれで何回目だろう。

  会合が行われている部屋にお茶を運びながら、私は庭へふいと目をやる。

 真っ青な空にあった入道雲はもう消えて、たなびく板のような雲が茜色に染まっていた。



   寺田屋での会合も、もう3日目。

 朝早くに高杉さんと桂さんがこっちを訪ねてきて、夕食を食べてから藩邸に帰る、という日々が続いている。

  詳しいことはよく分からないけど、大久保さんと会う日にちがなかなか決まらなくて困ってるって龍馬さんが言ってた。

 それで高杉さんがキレて「俺様はもう下りるぞ!」って怒るものだから、その度に桂さんがなだめて大変みたい。





 
   このお茶を届けたら、夕食の準備をしなくちゃね。

  そういえば、お昼頃に以蔵が薩摩藩邸へ出かけていったんだ。

   最近、特に彼の外出が多い気がする。

 伝令みたいなことが主みたいだけど、龍馬さんや武市さんがお出かけする時は大抵付いていくし、大久保さんを迎えに行くのも彼の役目って決まっている。

  どこか他に泊まってくるのか、朝まで帰ってこないことも時々ある。

  時間を問わず忙しそうなのに、庭で剣の稽古をしている姿を見ない日は無い。

    ・・・一体、いつ休んでいるんだろう?



    あ、いけない。

   うっかり足が止まってしまってた。

    急いで部屋に向かう。

     おかしいな、私。

   気づくと、いつも考えてる。

     彼の・・・こと。







      「何じゃ、以蔵。それは?」


  外の空気を吸ってくる、と襖を開けた龍馬さんが、キョトンとした顔で廊下に向かって声を掛けた。


      「どうかしたっスか?」
      「お?何か面白い事でもあったのか?」


   慎ちゃんと高杉さんが、即座に反応して立ち上がる。

    以蔵、帰ってきたんだ。

     良かった・・・無事で。

  襖の所で、ワイワイやっている3人を見上げる。


      「やっと笑顔になりましたね」


   不意に真横から声がして、視線が慌てた。

  いつの間にか、武市さんが私の横に座って微笑んでいる。


      「えっ・・あ、その・・?」


  何のことか分からず、モゴモゴしてしまう。

   武市さんはすっと目を細めて、さらに私の顔を覗き込む。


      「先程から、思いふけっているようでしたよ。何か気がかりな事でも?」
      「そ、そんなに・・」


   沈んだ顔、していたのかな。

 そう言おうとした時、襖が派手に全開して、バサバサっと揺らめき入ってきたのは・・・


      「なっ、何?」


  大きく枝を広げた笹が、廊下から部屋の中へ突き出している。

 龍馬さんたちに囲まれて、それを掲げていたのは以蔵だった。


      「どうしたの?それ・・」


   思わず声を掛ける。


      「・・・女将に渡された」


  ちょっと恥ずかしそうに視線を逸らし気味で、彼が答える。


      「そういえば、明日は七夕だね」


  私の後ろで、桂さんがポンと手を打って言った。


      「七夕か。此処の所、息が詰まりそうな日が続いとったからのう、女将も粋な事をするもんぜよ」


  龍馬さんが、にししっと白い歯を見せる。


      「よし、そうと分かれば早速準備だ!」
      「ふふ、晋作はこういうのには手が早いな」
      「当然だっ!」
      「じゃあ、まずは短冊に筆と・・、あとは何が要るっスかね?」
      「千代紙で飾りを作るのはどうだろう。趣がでると思いますよ」
      「せっかくだから、酒も用意しないとな!」
      「高杉さん、そっちが目的になっちゃあおらんがか?」
      「わははっ、楽しくなっていいだろうがっ!」


   みんなが一斉に動き出す。

 私も、お手伝いしようっと。えっと・・・どうしようかな。

 キョロキョロしてから、笹を持ったまま立ち尽くす以蔵と目が合う。

  そうだ、まずはあの笹をどこに置くか決めないといけないんじゃないかな。

   私は立ち上がって、彼に近寄った。


      「・・・以蔵」
      「な、何だ」


  ぎこちない返事をして、笹を持ち直す以蔵。


      「これ、どこかに固定しなくちゃ。いつまでも持ってたら疲れちゃうよ」
      「そうか」


  補助するつもりで、手を伸ばす。

 腕と腕が触れ合った瞬間、彼がびくっと身体を跳ねさせる。


      「大丈夫だ、持てる」


 避けるように身をよじったけど、笹を持とうとした私の手がちょうど以蔵の手に重なってしまった。


     ・・・あ・・・

    大きくて温かい・・手。


  周りで聞こえていた全ての音が、消えた。



   たった数秒。

 以蔵は私の手を振り払うように数歩後ずさった。


      「・・・柱に括り付けてくる」


   背を向けて行ってしまう。

  私はその後姿をただ、見送るしかなかった。

 手の中に残るわずかな温もりを感じながら、心の奥に息づく何かの余韻に浸っていた。




         
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