NOVEL

□08 強さ、弱さ
1ページ/6ページ


〈1〉

沈黙の中、診断室の外のベンチに昴と美星の2人は腰掛けていた。
美「よかったな、私が今日の放課後の巡査当番で」
重苦しい雰囲気の中、美星はさっきから目も合わせずに昴に話しかけていた。
一人言扱いにされながら。美「今時いるんだなぁ、ああいうわかりやすい不良」

昴は、病院に着いてから一言も話せなかった。

まだ目の前で起きた現実が信じられない。
複雑な感情が渦を巻き起こす。
あれだけ強く殴られたのに、青アザができているであろう右目の痛みはほとんど感じなかった。
あるいは、感じることができなかった。
たぶん、もっと辛い思いをしている人が診察室の中にいるから。


〈2〉

美「ほらよ」
昴「うわっ」
突然、こめかみに冷たい金属の感触が伝わる。
自動販売機でよく冷やされた缶ジュースだった。
美星が買って来てくれたのだろうけど、いつの間に行ったのかもわからない。
昴「何でだよ…」
昴は低い声で呟く。
昴「何でそんなに平然としていられるんだよ…」
アンタの生徒だろ、と言いかけた。
しかし。

美「平然としてるように見えるなら良いさ」

美星は表情一つ変えずに言い放った。

美「私が背負うものは智花の事。それから馬鹿みたいに落ち着んでる甥っ子の事だ」

昴「…え?」
昴は初めて顔を上げた。
美星は優しい顔になる。

美「一番苦しいのは智花。同じくらい苦しいのは昴。じゃあ、誰が2人分支えるんだ?」

美星だって、同じくらい苦しいくせに。
でも、美星はそれを口にしない。
絶対に。
昴「ミホ姉…」

美「アンタは智花の事だけ考えてな。周りの事は全部私がやってやる」

そう言って白い歯を見せるのだった。

美「その缶ジュース、目冷やす用だからな。治さないと智花が落ち込むだろ?」
1つのセリフで同時に2人の心配をする。
最初から全部考えていてくれた。
教師の顔をしているのではなく、教師なのだ。

美星は強かった。
自分の何倍も。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ