NOVEL

□12 もう1つの壁
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〈1〉

夜7時。
昴「ただいま〜」
智「お、お邪魔します」
七「おかえりなさい。あら!智花ちゃんすごく元気になってる!」
昴と智花は無事に帰宅した。
本来部活の日ではなかったため、今日はバスを利用した。
七「智花ちゃん、よく頑張りました」
智「ふぁう…」
頭を撫でられて気持ち良さそうに目を瞑る智花。
さすがだな、と昴は思う。智花のことを理解し、考えてあげられる力。
しばらくは母親に逆らえそうもなかった。
昴「母さん、色々…サンキュ」
七「まぁ…すばるくん可愛い…」
七夕からよくわからないコメントが返ってくる…。
尊敬の念を抱いてしまった自分が恥ずかしい。
あの後、バスケ部のメンバーはそれぞれに智花と交流した。
ほんの数時間の再会でも、空白の時間は埋められただろう。
七「さぁ、早く上がって。…少し静かにね」
昴「?」
七夕は人差し指を唇に当てながら言う。
静かにしなければならない理由を探りながら2人は居間に移動する。
すると、そこにある人物がいた。

ソファの上、疲れ切って熟睡している篁美星が。

智「美星先生…」
昴「ミホ姉…」
七「ふふ。さっき来たと思ったらすぐに寝ちゃったのよ。私達の気付かない所で頑張ってたのね」
昴は純粋に驚いた。
美星に会っても全く疲れている様子が見られなかったのだ。
余計な心配をかけないように、子どもの前では強気でいたのだろう。
その緊張の糸が切れたのがこれなのだ。

七「こんな素敵な先生、どこ探してもいないわね」

昴「…かもな」
智花は美星のもとへ歩み寄った。
そして、タオルケットを深めに掛けてあげる。
智「先生…。私のために、ありがとうございました。ご迷惑…おかけしました」美星を起こさないように小声で語りかける。

疲れを悟られないための演技、保護者とのやり取り、6年C組の生徒への配慮…まだあるかもしれない。

教師として当たり前の事だと思うかもしれないが、それは間違い。
当たり前の事を器用にこなすのが一番難しい。
だから美星はすごいのだ。
智「先生…大好きです。美星先生の生徒で私、とっても幸せです」

智花は思いの丈をぶつけた。
昴と七夕の2人は微笑みながらその光景を見ているのだった。


〈2〉

夕食後、昴は一時的に自分の部屋に戻った。
現在1階には湊家の両親が来ている。
単純に、智花が元気を取り戻したから迎えに来たのだ。
が、すぐに連れて帰る訳もなく、湊夫婦は多大なる感謝を七夕や美星に示している。
もちろん昴とも話したそうにしていたが、昴にはやる事があったために一旦その場を離れたのだ。
昴「(よしっ)」
最初のステップはケータイを開く。
次に電話帳のア行にターゲットを絞る。
電話相手は。
葵「もしもし?」
昴「あぁ、俺」

荻山葵。

智花を元気づけてくれた人物の1人だ。
体調が万全でないのを隠して練習に来てくれたし、かなり心配もかけた。
一刻も早く連絡しなければならない相手である。
昴「智花がさ―――」
昴は経緯を全部話した。
電話の向こうで葵の表情が晴れていくのが伝わってくる。
葵「本当!?良かったぁ…」昴「マジでありがとな。心配かけた」
葵「ううん。智花ちゃんが元気になって本当に良かった」
暗かった雰囲気は晴れ、嘘みたいに会話が弾む。
葵の性格の良さが再確認できた。
昔からこうだったのだ。
困っている人がいれば自分の意志で突っ走る。
昴は葵のそういうところが好きだった。

で。

昴「本当に感謝してる。俺さ、葵のそういうところ…大好きだから」

いつもの感じになる…。

葵「え…ちょ…な、何言ってんのよ急に!!」
いつもの感じとは『デリカシー皆無モード』のことだ。
昴「急にじゃない。昔からだよ。大好きだ」
このモードは端から見ていると面白いが、言われている本人はかなりの高確率で赤面する。
そんな訳で、葵が頬を染めている様子は乙女そのものだった。
葵「やめてってば…!」
と言いつつ、昴の「大好きだ」を録音したくてICレコーダーを探してしまったのは一生の秘密だ…。
『自分』ではなく『自分の性格』が好きだと言っているのだが、乙女モードの葵はそんなの気にしないのである。
葵「私がやりたくてやった事なの!智花ちゃんが元気なきゃ私だって嫌だもん!そんな…改まってお礼とか言わなくても…」
昴「ははっ。葵って本当良い性格してるよな。お前の友達で幸せだよ」
葵「だ、だから…」
葵は近くにあったぬいぐるみを胸に抱え込む。
この画を見れば10人中8人は可愛いと言うだろう。
昴「これから先も色々助けてもらうかもしれない。その時は無理しない範囲で助けてくれると嬉しい。もし葵が困ってたら絶対俺が力になるからな!」
昴は大袈裟に続ける。
セリフの端々が非常に不器用だ。

しかし、葵は昴のそんなところも――。

葵「バ、バカ!アンタに助けられる筋合いなんてないわよ!」
昴「まぁ…頼りないしな」葵「あぁえっと!…そうじゃなくて!」
素直になれない女子高生は奮闘を続けるのだった。

数分後に電話が切れる。

頼れる仲間に囲まれて幸せだと、昴は改めて実感した。
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