少年陰陽師2

□同胞
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「俺は誰も嫌いじゃない」

そう呟いた朱雀の背を白い化生の姿をした紅蓮は目を瞬かせた。

誰も、ということは、俺も入っているのだろうか。

そんな事を聞いたのは幾星霜の時を共に過ごしてきても初めてで、朱雀の本当の思いを聞くことはなかった。

同じ火将であるのに…だ。


だが、俺はどちらかというと朱雀に近づき難い感情を持っていた。
嫉妬、羨望に近い感情を抱いていたから。
それゆえに距離を置いてしまっていたのも事実だ。



俺の炎は温かく人が暖をとるような炎ではない。全てを灰すら残さない灼熱の炎を操る。それが俺の炎。

全てを消し去るから恐ろしいというのもわかる。それが同胞であったとしてもだ。

それが時々いたたまれなくなった。
だから……、
恐怖の象徴が俺であるのならば、その思い通りに振る舞えばいいと。
そうする事で自分を他人から護ってきた。
傷つく事から逃げていた。




朱雀は『誰も嫌いじゃない』と言った。神将殺しの大刀を預かりながらも、使わなくてもいいならそれに越したことはない。と言外に語っていた。

「朱雀、お前がそんな事をいうとはな」

「俺はずっとそうだったぞ」

朱雀は紅蓮の目を見て笑った。
金を燻った瞳に嘘偽りは写してはいなかった。

「そうか。なら、何故、昌浩に神将殺しの大刀を貸したんだ」

そう問われて少しの間、朱雀は瞠目する。そして、暫くののち語った。

「昌浩に乞われたからだ。あの時の昌浩は見ていて痛々しかった。全てを背負って、そして決断して俺に大刀を借りに来たんだ。断りようもない」

朱雀は少し切ない瞳をし、遠くを見つめた。
そこには、普段の朱雀からは感じられない暗い感情があった。

遥か昔、天一貴人を失った事を思い出しているのか。握られた拳がにわかに震えていた。

近くにいた訳ではなかったが、神将が失われた気配は紅蓮にも伝わってきた。どうしようもない喪失感。

「騰蛇よ。手を伸ばしても届かない、自分の知らないところで、大切な者が失われるかもしれない恐怖を知っているか?昌浩はそれをしたくなかったんだ。だから、どんなに苦しくても自分の手で…と考えたんだろう」

呼ばれて降りたった天一貴人を助ける事が出来ず、ただ、自分の無力差に慟哭したあの日を重ねて。

自分の命を代償としても助けたいと思う昌浩の願いを聞き届けようと思った。どれだけ傷ついても手を伸ばすことを諦めなかった昌浩。

紅蓮は痛みを噛み締めたような、いや、実際に痛みを必死にこらえていた。

「だけど、手をかけても、自分を傷つけられても、一緒にいたいのだと言ってくれる存在は他にはいないな。騰蛇、昌浩を大切にしろよ」

「あぁ」

とても簡易な言葉しか出なかった。
昌浩に関しては言葉に簡単にできる程度の思い入れじゃない。
いつだって、何を差し置いても護りたいと思っている。例えそれが自分自身であったとしても。あの子は俺にとって一条の光なのだから。

簡潔な返答であったにも関わらず、朱雀は満足した様な表情を見せた。

いつもの変わらない笑み。

「お前も天一を大切にしろ」

「当たり前だ。天貴は俺にとっての全てだからな」

そう言ってのける朱雀は、今の紅蓮には眩しくそして好ましいと思った。

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