少年陰陽師2
□愁は晴れる
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あんたが無事ならそれでいいの。
そう思ってた。
何を犠牲にしても守りたいと思っていたのに。
吉野の別邸で目覚めぬ晴明の休養にあたっていた太陰は、晴明の部屋から出てすぐの縁側に屈んでいた。
髪は騰蛇の炎に焼かれ、半分は千切れている状態だ。
それでも、その髪を自力で治そうとはしない。今は目覚めぬ晴明にいつものように治してもらうのだと決めているからだ。
そこには祈りに似た思いがある事を本人も自覚している。
晴明は絶対に目覚めると。
嵐にも似たかの少女の姿をしている神将が晴明の枕元に蹲るようにして晴明の目覚めを待つ姿はとても痛々しかった。
「晴明、なんで目を覚まさないのよ。いい加減に起きなさいよ」
そう呟いて、反応のない晴明を見て涙が込み上げてきた。
「私、晴明の為ならって昌浩にも騰蛇にも勾陳にも通力を使ったのよ」
顔を下に向けただ晴明に語りかける。
「騰蛇にも勾陳にも怒鳴られるし、騰蛇の業火の焔が本当に熱くて、怖かった」
あんな風に怒鳴られたのならいつもの自分なら向こう100年は騰蛇には近づかないだろうと思うのに、あの時だけは引けなかった。
「本当に辛かった。晴明、私達を見てくれない事も、昌浩を傷つけてしまった事も全部」
昌浩に恨まれても仕方がなかったのに、昌浩は倒れている晴明を抱いて泣いている自分を見たときに、私の無事を見てホッとした表情を見せた。
罵られても仕方がないと思ってたのに、昌浩も勾陳も騰蛇もその事について何も言わなかった。
昌浩に嫌われる覚悟はしてた。でも、晴明の次に大切に思っている昌浩に嫌われるのは本当は嫌だった。だから、あの時、自分の安否を心配して駆け寄ってくれた昌浩に安堵した。
それがさらに胸を締めつけたのだけども。
「ねぇ、お願い。目を覚ましてよ、晴明。私と一緒に昌浩に謝ってよ。昌浩の側に騰蛇がいるの。晴明がいないと怖いし。騰蛇には私の髪をこんなにした事をなんか言ってちょうだい」
菫色の瞳から涙が溢れ落ちた。
「目を覚ましてよ‼︎晴明ーーー!!!」
甲高く響き渡る悲鳴にもにた叫びにおっとりした聞きたかった声音がした。
「なんじゃ、太陰」
ゆったりと太陰の方に目を向けたのは、少しやつれたけれども、いつもの変わらぬ笑みを浮かべた晴明だった。
「晴明?」
「他の誰に見えるんじゃ。太陰は」
「だって…「そうじゃな、昌浩に謝らなんだらいかんのう。じゃが、昌浩はわしの後継じゃ。神将達が理由もなく、襲ってきてるなんて考えてはおるまい。ましてや恨んでいるなんてことはないわい」
そういって晴明はゆったりとした動作で手を挙げ太陰の千切れた髪に触れゆっくりと撫でた。
すると千切れた髪は元通りに治っている。
それを見て太陰は自分の髪に触れ、つい思ってもない事が口をついて出た。
「ばか」
それを聞いた晴明は軽く笑って、太陰に言った。
「見ているこっちが痛々しかったのでのう」
菫色の瞳が潤んでくる。それを知られるのが何だかシャクに感じて、こぼれ落ちないように、何度か瞬きを繰り返した。
「そんな身体で力を使って大丈夫なの」
ツンと晴明から顔を背ける。
「これぐらい造作もないわい」
そういう晴明に太陰は視線を戻して晴明に訴える。
「騰蛇がやったんだから騰蛇に言ってちょうだい。本当に怖かったんだから。私、昌浩にまで力をぶつけようとしてしまったし、騰蛇がさらに怖くなって近づけないじゃない」
「それは困るのう」
「ほんとよ」
嘘は言ってない。言ってないけど、晴明がいるならきっと大丈夫。
騰蛇は怖い。でも、昌浩といる騰蛇は昔とは違い此方の思いを汲んでくれるようになった。
だから、きっと大丈夫。
そして太陰は思う。昌浩にとっての騰蛇は太陰にとっての晴明を思う気持ちに酷似しているのだと。そして昌浩は騰蛇に同じぐらい心を砕いている。
そんな相手ならきっと自分の思いは伝わるだろうとも。
そう思いながら遠くを見つめる太陰に晴明はただただ微笑むばかり。
end