十二国記

□その先に
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政務の途中、ふと窓から流れてくる風に少し潮の香りが混っているのを感じ、机に向かっていた陽子は顔を上げ、窓の外に視線をやる。雲海は陽子の知っている海とはまた違っていたが、流れてくる風から感じられるものは、海そのものだった。

先程まで真剣に向かいあっていた陽子の気がそれた事を感じて景麒は陽子をみやる。

遠くを眺める陽子の目には、こちらの世界を見ているわけではないっと直感でそう感じた。

置いて来た、捨ててきた世界の事を思いやられているのか。

そう感じた景麒は罪悪感にかられ、わずかに陽子から視線をはずす。

陽子にとってはあちらの世界にいた方が良かったのだろうか?と考えてしまう。

そんなことを考えていると、
「雲の上に海だもんな。どういった摂理でなってるんだろうな。」

不思議そうな声音に、景麒は陽子が言う海はこちらでの海とは違うものだと感じとった。

「あちらを懐かしんでおられるのですか?」

景麒がためらいながらもそういうと陽子は「懐かしいとも思うよ。でも・・・あちらに残してきた両親のことをやはり思い浮かぶかな。」

景麒はズキリと胸が痛んだきがした。

「私が例えこちらの人間であったとしても、産んでくれたことも間違いないし、育ててくれたのも確かだ。だから、懐かしむなと言われても慕わしく思わないわけがないんだ。」

でも、っと陽子はいう。

「あちらにいれば私は私ではなかっただろうな。きっと。私はあちらの世界では異端者だったんだ。」

頬を撫でる風に目を細める。
そして、景麒に目を向け言う。

「なんだ。何か言いたそうだな?」

その言葉になかば聞きたくないと思いながらも、言葉にした。

「あちらへお帰りになりたいですか?」

景麒にしては冷静さをかいた声音だった。
その言葉に陽子は、再び目を景麒から逸らし、窓の外に向ける。

「いいや。帰りたいとは思わないよ。だから言っただろう?あちらではきっと私は異端者なんだろうって。それに、私はもうこちらで生きていく事に決めている。だから帰りたいとは思わないよ。」

だけど、

「こうして時折あちらを懐かしむことは許してくれないか?きっと、こちらで過ごしているうちに過去に埋もれてしまうものだとしても。」

そういう陽子の顔は少し悲しげで、でも後悔のいろはなかった。

「はい。でも、そのときは私も一緒に。」

景麒のその言葉に目をしばたたかせる。
そして、笑って

「うん。そうだな。傍にいてくれるだけでいいよ。ただ、見ていてくれるだけでいい。」

その先に見つめるのは、過去の世界。
これから生きる世界とはまた別物の。
消え去りそうな過去の残像を大切な半身をともにして思い出に浸るのもまたいいだろう。

色を失いかけた世界にまた色が添えられてゆく。

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