十二国記

□空
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   空   








「不思議だよな。まさか、空の上のそのまた上に空があるなんて思いもしなかったが。」
窓の外を眺めながらボソリとその国の主は呟く。
「急にどうなされたのですか?」
この世界において最高位の霊獣である慶国の麒麟である景麒は聞いた。
「いや、まさか、空だと思っていたのが海で、そのまた上に空があるとは思っていなかったから・・・・。」
「蓬莱の空のことを思い出しておいでか?」
めったなことでは表情に出さない自国の麒麟は罪悪感にかられたような複雑な表情をしていた。その表情に陽子はクスリっと笑う
「まあね。でも帰りたいと思っているわけではないよ。ただ・・・いつの頃からか空を見上げることがなくなったっと思い出していたんだ。どちらかというと、顔を前に向けて歩くというよりは、どんどん頭を下げて歩くようになっていたと。」
あの頃の自分を思い出すとやるせなくなる。もっと強くあればあちらの世界の自分はもっと違っていたのかもしれない
窓から優しい塩の香りを含む風が頬をなでる
「周りを気にして誰からも気に入られる様に振舞って、そうしている内にそれが自然であるかの様に思えてきたんだ。」
「主上・・・」
心配そうに陽子の顔を見つめてくる景麒に優しく微笑み
「心配するな。今の私は少なくともあちらの世界でいた時とは違う。今やるべきことを未熟ながらにも理解しているつもりだ。」
窓の外に視線を戻し、
「ただ、ここは雲海の上だから虹は見られないだろうなっと思って。」
景麒は目を瞬くと、
「虹ですか?」
「そう。虹。」
景麒を見つめて軽く微笑む
幼い頃は両親に連れられ空にに架かる虹を見た時は嬉しくてはしゃいだものだ。あの頃は。人とのかかわりを恐れるようになるまでは。
「空を見つめることがなくなって、虹なんてもう何年も見ることがなくなったからな。せっかく、こうやってようやく空が見つめることができるのに、虹が見れないというのはもったいないというか、残念だな。」
やや、諦めたような、どこかしら悲しみを湛えた表情でいうと
「見に行かれればよろしいではありませんか。」
その言葉に驚いて陽子は景麒を見る。景麒は優しさを湛えた紫の瞳を陽子に向け言う
「確かに今の慶は安定には程遠い状態ではありますが、虹を見る程度のわずかな時間ぐらいはつくれましょう。その時は使令を護衛につけますので、見に行かれればよろしい。」
「珍しいな。景麒がそんなことを言うなんて。」
その物言いに憮然とし
「私とてそのぐらいの気遣いはできます。」
つんっと顔を逸らす。その様子に苦笑をしながら
「それならば、景麒もともに行こう。その時は」
えっと陽子を見つめる
「しかし・・・・・」少しずつ落ち着きつつあるものの、まだ王か登極して日も浅く、また、問題も山積みにされている。そんな中、王と台補が王宮を離れるのは・・・・。その心の中の言葉を察したように陽子は言う
「王と台補が現状で金波宮を離れるのはあってはならないことだが、わずかな時間内ならば何とかなるだろう。お前にも見せてやりたい。」
景麒とともに見てみたい
その言葉に主の顔を見つめる。その目を陽子は見つめ返し、優しく微笑む
「ともに見に行こうな。」
目の前の佳人はもう一度言う。ひどく優しげに微笑ながら
「はい。」
肯定の言葉を耳にし、再び窓の外に視線を戻す。そこには、どこまでも晴れ渡る蒼天の空と同じ蒼を湛える雲海が広がっていた。

蓬莱に思い残すものはないのかと問われれば答えは否だろう。後悔はないのかと聞かれれば後悔しきれない。だが、この世界で生きると決めた。そして、今は一人ではない。この世界で見る初めての虹は、かけがえもないこの世でたった一人の半身とともに。






end

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