キリリク
□麗月
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月光に照らされると、白く細い手足はより映える。
目の前にいる男を見て、僕は確かにそう感じた。
じっとこちらを見つめる灰色の瞳は、皮肉気に笑っているようだ。
「いい加減、自分の立場を分かって行動してくれないかい?」
三人目の犠牲者を見下ろしながら、僕は地下牢にいた。本能寺から逃げる彼を捕縛したはいいが、こうも牢の番を殺され続けては堪らない。
彼…明智光秀は何か言いたいらしく、仕方なく口の拘束具を外してやる。ただし、僕が四人目の犠牲者にならない様に、己の喉元を保護して。
乾いた金属音が辺りに響き渡る。
「おやおや…そんなに警戒しなくても、喰い千切りはしませんよ?ククク……臆病な方だ。」
本当に君は口が減らない男だね。
で?何か僕に言いたい事がある様だったのだけれど、僕の思い違いかな?
再度猿倉を宛がおうとすれば、ああっやめてくださいよぅっ…とかなり嬉しそうに言われ、癪であるが外したままにしておく。
「いえ…私を生かしておく理由を、そろそろ聞きたいなと。」
彼はここに来て3日目。本来ならば直ぐに死刑になるはずの身が生きていることが不思議なのも無理はない。(現に、黒田官兵衛や大谷吉継は、明智を殺すべきだと意見してきている。)
ふむ…。半兵衛は顎に手を当て、少しばかり思案する。
ま、目的を言ってしまっても何ら障害にはならないだろう。
白く透き通りそうな髪に触れ、半兵衛は口を開く。
「この日ノ本が治められたらさ…僕等は世界に行かなきゃいけないんだ。」
まず、朝鮮、それにその遥か先にある大陸…
「流石に、大変な戦になるだろうからね。」
君みたいな狂人でも、使える人間は使いたい。
理由はこれだけさ。そう、目の前の死神に伝える。
聞かれたから教えたと言うのに、光秀本人は興味のかけらもなさそうな目で、軍師をその瞳に映す。
「……何も言わない、と言うことは、君にはもう予想済みだったということかい?」
拘束具の中で、白い手足が少し身じろぐのが分かる。ただ、それだけ。相変わらず、光秀は口を開かず、退屈そうな目で半兵衛を見る。
「…っ。僕は君の欲す事は伝えた。もういいかい?」
苛立ち紛れにそう言えば、死神はやっと口を開いた。
「確かに、それは予想していましたよ。けれど、違いますよ?私が聞きたかったことは。」
悪意の片鱗も見せない笑顔で、明智はそう言う。
半兵衛には、その笑みがとてつもなく恐ろしく感じ、思わず後退りしてしまう。
「ああ、でももう聞きたいことは大体分かりましたので御安心を。」
そこで、光秀の瞳は、先程から転がっている牢番の屍に移る。
「貴方は可哀相な方だ。」
城に戻ってからも半兵衛は、光秀の言葉の真意を計り兼ねていた。 可哀相?この僕が?
(意味が分からない。全く。)
相手が彼で無ければ、狂人の戯れ事として一蹴していただろう。
大体、秀吉の配下の僕が、秀吉の為になるように、危険を冒してまで彼を生かしているんだ。
何がおかしい?
退屈窮まりない牢の中で、一人男は笑っていた。
(嗚呼、何と可笑しい事だ。彼は本当に気付いていないのでしょう。)
半兵衛が牢に来る時、彼の瞳はいつも私に注がれていた。
(最初は憎悪や嫌悪、もしくは気違いの恋慕かとも想いました…)
いや、私に注がれていたというのは少し語弊がある。私の中に注がれていた。
(私を生かす理由に己が主君を言い訳にしていることにも気が付いていない。)
私には貴方の全てが道化に見えて仕方がありませんよ…
(いや、言い訳どころか……)
竹中半兵衛という男が生きる理由すら、秀吉からの借り物に過ぎないのだから!
「退屈は、嫌いですよ。」
光秀は、取るに足りない愚かな男の元から去る。
所詮、己を貫けない者に興味はない。自分に羨望するような者ならなおさら。
月光に照らされた波打つ銀髪は、酷く脆く感じた。
同時に、その男がまだ人であることを物語っていた。