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□3K(幸赤)
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赤也、と呼ばれる。
顔を上げようとして、しかし顔を上げなくてもその声が誰のものなのかはすぐに解った。

「幸村部長!」
「久しぶりだね」
声の主である幸村は正門の前に立っていた。
どうやら下校する所だったらしい。

全国大会が終わり、部長の入れ替え等の新体制が完全に整った今、赤也は幸村と会うことは少なくなった。
それに、会う時は大抵幸村が部活の様子を見に来る場合なので、こうやってお互いが下校で出会うのは極めて希である。
「今、帰る所かい?」
「はい!部活終わった所ッス」
高い調子で返せば、幸村は笑い返す。
「良かったら一緒に帰らないか?久しぶりに赤也と話したいな」
「いーッスよ!俺も部長と話したいッス」
赤也は顔全体で笑って見せた。
幸村と一緒に帰るのは本当に久しぶりである。
自然と気分が高まった。

喜びが感情の全てを覆う。

毎日のように会っていた時には今ほど感じなかった気がする。
幸村の入院中もそうだったが、普通には会えなくなって――特に最近は何か心の隙間を感じるようになった。

他の人ではならないこの感覚は一体どこから来るものなのか、初めこそ原因不明だったが、今なら何となく解っていた。
ただそれを声に出しては言えなかったが。
それは相手が幸村であることもそうだったが、赤也自身確証が持てないことが大きかった。

けれど。

赤也は幸村の顔を盗み見た。
すると丁度幸村のふわりとした髪が風になびく。

――綺麗な人、と思う。
いつもどこか儚げで、それなのに……強くて。

そんな幸村に心を惹かれたのだと、改めて感じさせる。


赤也にとって、幸村を好きになる瞬間は一瞬だった。
幸村と出会って、その時点で好きだと思ったのだ。
そこに特別理由はなくて、ただ単純に。
でもその時は自覚をしていなくて、解ったのは幸村が入院して間もない頃。
幸村の傍にいれたらいいのにと、強く願った時だった。

「何見てるんだい?」
「……!」
盗み見ていたつもりが、しっかり見ていたらしい。
幸村は緩やかに笑っていた。
「何だか楽しそうだね」
「そう……ッスか?」
「ああ。良いことでもあったみたいだ」
「……」

それは当然、幸村と帰れるからなのだが。
その言い方では幸村は赤也と帰れることを特に楽しみにしていないようで、赤也は黙り込む。

幸村はまた笑う。
「俺もね、今凄く楽しいんだ」
「……え?」
うつ向きかけた目をもう一度戻すと、少しはにかんだような表情を作っていた。
「だって赤也と一緒に帰れてる。俺が引退する前みたいに」
「それって、」
「毎日会えていたのに、会わなくなってさ。やっぱり寂しいって思うんだ」
「……っ、」

赤也は再び顔を背けた。
今度は感情を悟られないように。

きっと今、赤也は顔を赤らめていた。

幸村がおおよそ自分の考えていることと同じことを思うなんて。

そんなこと、赤也が予想出来るはずもなくて。


嬉しくて、俺も、と衝動的に言いたくなる気持ちを無理矢理抑え込んだ。

まだ、……まだ留めておきたい。
いつもなら自分の心に直球になるのに、どうしてか幸村に対しては慎重になっていた。


多分それは――

「赤也、」
「何スか?」
「……」
「……――っ!」
目の前に幸村の顔があった。
そして息も出来ないほどに近付いてくる。
「ゆ……きむら部長、?」
「……俺はもう部長じゃないよ、赤也」
小さな微笑みとともに話されたその息が肌に当たった。
急な展開についていけず、頭がくらくらとする。

近付いているから、不自然にお互いの間に影が出来た。
その光景が更に赤也を緊張させ、心拍数を昇らせる。


どうしてこうなったのだろう。

こんな、こんな間近で。


「……ち、近いッス!」
赤也は耐えきれず幸村の両肩を押し返した。
影は離れ、心臓の音が少しだけ静まっていく。

幸村は赤也の押した手を優しく掴んだ。
そして「そうだね」と小さく言う。
「もう少し……、早かったかも」
「な……、」

「じゃあ赤也、俺はここで」

赤也が絶句している間に幸村は笑いながら反対側へと歩き出した。

話していたのは、……正味何分だろう?
幸村の背中を見つめながら、赤也はぼうっと考える。
けれど心臓が激しく鳴り続けて、時間を測ることは出来なかった。

幸村の言葉、声、行動全てに喜びすぎてしまって。

「……好きッス、幸村部長…………」


好きになる一瞬は、永遠ほどの長さへと変わる。





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