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□V † K(桃越)
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クラスの女子からチョコレートを貰った。

そこで桃城は今日がバレンタインデーだと思い出した。








チョコレートの山。

そんな言葉が正しいだろう。
どこを見渡してもチョコレートを持つ人だらけだった。
桃城も例外ではなく、いくつかチョコレートを貰っている。義理なのか本命なのか定かではないが。

食欲旺盛な桃城にとってありがたいことではあるが、女子の戦争のようなチョコレートの渡し合いに少したじろいでしまう。

昨年までそう思ったことはないから、これは心境と環境の変化のせいかもしれない。
クリスマスイブを盛大に祝ったこともあり、桃城にはどうもバレンタインデーが霞んで見えた。
恋人がいると言っても、相手も相手――と桃城は遠くで思う。



リョーマと付き合い始めて数ヶ月。
恋人の誕生日を祝うことに精一杯で、桃城は恋人同士のイベント(?)のことはすっかり忘れていた。
何も気にすることはないような気もするが、そこで煮え切らない何かが引っ掛かるのには当然理由がある。


クールで生意気な一つ年下の恋人。

彼はバレンタインデーをどういうものと受け取っているのか。

男同士でもチョコレートを渡す必要があるのかどうか。


……おまけに気分屋だから、機嫌を損ねるような行動は出来るだけ避けたい所だ。

かといって、リョーマに渡すチョコレートが手元にあるわけではないのだが。


…………。
どうなのだろう?



桃城は悶々としながら昼休み、いつものように購買へと足を運んだ。

そして昼食の足しになる沢山のパンと共に階段をのぼると珍しい人が踊り場に立っていた。
リョーマが二、三人の女子に囲まれている。
チョコレートを貰うところのようだった。
なので桃城は声をかけようとして、やめる。

そのまま何も見ていない振りでリョーマの横を通りすぎた。

横目でちらりと見ると、女子が一生懸命チョコレートを渡す姿に対し、リョーマはどこまでもクールな表情をしている。
その姿に安心するような、不安になるような、複雑な気持ちになった。


――やっぱり、チョコレート貰うよな。……普通は貰うよな。

自身然り。



……やはり何か渡すべきなのだろうか。

何度考えても落ち着く所に落ち着かない感覚に桃城は更に考え込む。

きっと、相手が男でなければ何も考えなかっただろう。

あるいは桃城が女であれば――



「――おい」
後ろからの低い声に、思考を停止させられた。
「マムシか」
振り向くと、海堂はあからさまに不機嫌な顔をしている。
「でかい図体してぼーっと突っ立ってんじゃねぇ。通行人の迷惑だろうが」

どうやら桃城は知らないうちに立ち止まっていたらしい。
「あー……」
桃城はそれを海堂に指摘されたことに心の中で舌打ちし、海堂に背を向けた所でふと疑問がよぎった。


海堂がそれくらいの理由でわざわざ自分を呼び止めるだろうか。
邪魔なら精々威嚇をする程度で――そもそも広いこの廊下で一人立ち止まっていたからといって邪魔になるものか。

色々なものが桃城の頭を駆け巡り、もう一度海堂を見た。


先程まで気がつかなかったが、よく見ると海堂は右手に小さな紙袋をさげていた。
それも薄い水色のハート模様がついた。

桃城の中で何かが閃く。

「――なあマムシ」
「ああ?」


「お前、チョコレート貰った?」

少しにやけた口調で、しかし実は真剣に桃城は訊ねた。
その様子に、あえて誰にとは言わなくても誰を指しているのか海堂には解ったのだろう。
ぎろりと桃城を睨み付けてきた。


「……仮にくれたとして、絶対貰わねぇ。あの人からなんて」
桃城が催促するように見ていると、やがて諦めたような声が呟かれた。
「へー。じゃあ渡す方?」
なおも突っ込んで聞くと、更に睨まれる。


図星、らしい。
彼らの間にはバレンタインデーが存在しているようだった。


「お前は良いのか」
海堂の言葉に一人納得していると、今度は質問された。
「何が?」
何となく答えは解っていたが、聞き返す。

もしかしたら訊かれたかったのかもしれない。


「バレンタインデー」
「……」

しかし言葉にされると、何となく黙り込んでしまう。

いい加減情けない。


すると海堂はけっと呆れたように吐き捨て、桃城の横を通り過ぎていった。
雰囲気からして、今からチョコレートを渡しに行くのだろう。


その背中を眺めながら自分がリョーマにチョコレートを渡している姿を想像してみたが、どうしてもわいてこなかった。
逆、つまりリョーマが渡してくれるとなればそれはとても魅力的なことなのだが。
リョーマから渡されるようなことはないように桃城は感じた。


――その辺りの性格は良く似ているから。


「何か奢ってやるってのもなー」

そもそもの問題として、どうしてここまで悩まなければいけないのか。

……それは惚れた弱味だということも重々知っていた。




「何一人でぶつぶつ言ってんスか」
「え」

どうやらまた耽っていたらしく、いつの間にか目の前にリョーマがいることに気がつかなかった。
「まだ時間あるでしょ?あっちで食べません?」

桃城が少し動揺しているのを見て、リョーマは愉快そうに言った。
左手には先程貰ったと思われるチョコレートの紙袋が下げられている。


人が悩んでるのにイヤミか、と心の声。

しかし当の本人は知ってか否か、あまり使われない方の階段の隅に着くなり、
「桃先輩、これ何だと思う?」
と口元を笑わせながら、桃城の目の前にその紙袋を持っていった。

「……チョコレート、だろ?」

言わせるあたり、本当にいやみったらしい。


「そ。当たり。でも桃先輩のはこっち、ね」

不満気な桃城の表情にさえリョーマは笑う。
そして口に何かを含み、躊躇せずに桃城に口付けた。

誘うように口を開くので、奥へと這わせると、どっと甘い味が桃城の中に広がる。


「……チョコレート?」

状況がいまいち掴めず、首を傾げるとリョーマは更に可笑しそうに笑う。

「ハッピーバレンタイン、桃先輩」


上目がちにリョーマは言った。
それも誘うように、囁いて。


……とても可愛い。
というより、チョコレートを用意してくれたリョーマが可愛い。


「……サービスしすぎだぜ、越前」

ようやく状況を理解した桃城が呟く。
リョーマはチョコレートを自ら用意する人間だったようだ。

悩んだ意味なし。


けれど、それよりも。

チョコレートをくれたリョーマがどうしようもなく愛しくて。

リョーマにもう一度、キスを送る。



――ハッピーバレンタイン、越前。















「海外では男からあげるのが一般的ッスよ、桃先輩」
「うるせーなぁ……」
「そういえば、さっき海堂先輩とすれ違ったんですけど、乾先輩にチョコ渡すんですかね」
「あいつのことだから手作りだったりして」
「俺のも手作りがよかった?」
「……いーや、十分」




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