咲夜の夢逢瀬

□【act.4】
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夜の客入りで賑わいをみせる遊廓。
しかしその外れにある遊女の生活部屋一体は、反していやに静かである。


水揚げが明後日に決まり、身の清浄や体調を整える為桜乃はお座敷出を控えていた。

桜乃は先刻出て行ったきり一向に帰ってこない桃乃を気にしつつ、ぼんやりとしていた。
机に広げた懐紙の上、淡い桜の花弁を見つめる。


(総司さん・・・)


いつからだろう?
気付けば彼の事を考えてしまうようになったのは。

いつからだろう?
彼の事を考えては胸温まり、同時に哀しく思うようになったのは。


外の世界の事は無知も同然の自分だが、
己の事について気付かない程鈍感ではない。


――好いてしまったのだ、彼を。


けれど、


(これは許されない感情・・・)


遊女として育てられた自分には、いかにこの感情が足枷となるのかが分かる。


こんな事なら・・・――




トントン




不意に戸を叩く音がし、桜乃は思案の淵からハッと意識を戻した。

(桃乃かしら?)

桜乃は立ち上がると戸に近寄った。
そして手を掛け引く。

するとその途端に、戸の向こう側からも戸を開く力が掛かり戸が勢い良く開いたではないか。

「!?」

驚きに桜乃は数歩退く。
そして、戸の向こうにいる人物を見て更に瞳を見開くと固まってしまった。

その隙にその人物は部屋に入り込むと後ろ手に戸を閉め、素早く桜乃を抱き込んだ。

「サクラちゃん・・・!!」

(っ!?、総司さん・・・なんで・・・??)

何故彼が此処に?

桜乃は訳が分からなかった。
けれど抱き締める腕の強さ、温もり、香りは紛れもない本物で、桜乃は反射的に彼の背に腕を回す。

けれど直ぐにハッとすると、慌てて総司の胸を突っ撥ね腕の拘束から逃れた。

「っ、サクラちゃん・・・」

桜乃からの拒否。
愕然とする総司に桜乃は哀しげに顔を歪めると、不意に机に向かい白紙を広げて筆を滑らせた。
そして直ぐに書き終えると再度総司に向き直り、手にした紙を総司に差し出したのだった。

「!!」

受け取った総司は途端に絶句した。


『私達、出逢わなければ良かったんです』

流れる綺麗な字が記しているのは、紛れもない2人の出逢いを否定するもの。

彼女に想いを告げる為に忍び込んで来た総司は、彼女が書きしたためた文字を見て愕然とした。

と、同時に総司の中で何かが音を立てて崩れる。

それは彼女を取り巻く環境への憤りか、


それとも理性だったのか・・・――




沖田は紙をグシャりと握り締めると脇へ無造作に放る。
そして桜乃の腕を掴むや強引に自分の方へ引き寄せ、その唇を奪ったのだった。

「っ!?」

彼女が息を呑む。
それにより僅かに開いた唇に舌を割り込ませると、性急に彼女の舌を絡めた。

震える桜乃。
沖田の腕から逃れようと胸を押しやるがまるでビクともしない。
逆に沖田は抵抗する彼女を押し倒すと、更に口付けを深くさせた。

呼吸する事すらもどかしい。
もっと、もっと彼女を味わいたい。
彼女と、繋がりたい・・・――


――誰かに奪われる前に・・・・・・


桜乃の抵抗が弱まると、漸く総司は唇を離した。
どちらとも分からない混じり合った唾液が銀糸を引く。
濡れた唇のなんと艶やかな事か。

沖田は目を瞠った。


彼女の双眼が涙で溢れていた。
小刻みに震える桜乃が瞬きをした瞬間、雫が頬を伝い落ち床を濡らした。


怯えさせてしまった・・・


総司の頭が一気に冴える。

昇った熱は立ち所に下がり、代わりに後悔が押し寄せる。


彼女が誰かに奪われるのは勿論イヤだ。
しかし、彼女に嫌われるのはもっとイヤだ。


「ごめん・・・っ!」

総司は慌てて彼女の上から退こうと上体を起こす。


だが、


「っ!?」

退く直前、不意に伸ばされた腕が首に回り、総司は再び桜乃に覆い被さった。

「・・・サクラ、ちゃん?」

桜乃はフルフル首を激しく振り、沖田に強く抱き着いてくる。

嫌われた訳ではないようだ。
取り敢えずはホッとし、総司は一向に離れる気配のない桜乃を抱き締め返した。
そしてそのまま身を起こすと、膝の上に彼女を乗せ向かい合わせに座る。

未だに身を震わせている桜乃に、総司はただ頭を撫で抱き締めた。

「ごめんね・・・怖がらせたよね。
・・・・・・もう、しないから・・・――」

総司がそう言うとピクっと肩を跳ねさせ、瞬間桜乃はまたフルフル首を振った。
そして一度ギュッと抱き着く腕に力を込めると身を離した。

総司が顔を覗き込む。
頬に濡れた目尻や頬が朱く染まっていた。

桜乃は潤む瞳で総司の眼差しを真っ直ぐに受け止めると、
突然総司の唇に自分の唇を押し付けたのだった。

「んっ!?」

目を瞠る総司。
桜乃は直ぐに離れると総司の手を取り指を滑らせた。


『いずれ遊女となりお客を取るようになる・・・禿として此処に入ってきてより、それが私の決められた“運命”なのだと、もうずっと覚悟を決めてきました』


なのに――


『総司さんと出逢って、私の世界は広がったんです・・・・・・狭い籠から外の世界へ。
けれど、同時に私は知ってしまったんです・・・・・・私の中に芽生えた迷いと、そして・・・貴方への想いに・・・!』

「サクラちゃん・・・!」

『でもそれは許されない事です。
私はいずれ身請けされるその日まで誰の物でもない。
まして自分自身の物でもない。
けれど・・・・・・そう自分に言い聞かせればするほど、苦しくなる・・・!
あまつ己の運命を、生を後悔してしまう!!
だからっ、こんな思いをするなら、出逢うべきではなかったんです――』

一心に指で文字を綴る桜乃。
指が滑る毎、彼女の呼吸が乱れていく。
涙が伝うのをそのままに、それでも言葉を並べていく彼女がいじらしく・・・そして愛おしくて、

書ききる前に総司は桜乃を抱き締めていた。
すると今度こそ、桜乃も総司の背に腕を回し縋り付いた。


「君が好きだ」

耳許で、そうはっきりと告げる。

「僕もこれがいけない事だと分かってる。
僕と君の住む世界があまりに違いすぎる事も。
それでもっ、僕はこの想いを偽る事は出来ない!
好きだ・・・・・・サクラちゃん、君を愛してるんだ」

「っ・・・・・・、っ」

総司の言葉に桜乃も頻りに頷く。


総司は桜乃をゆっくり離した。

互いに熱く見つめ合う。
そして相手の瞳に自分が映り、その中に己と同じ感情が秘められているのを見付けて、二人はどちらからともなく唇を寄せた。




誰かに奪われる前に・・・


誰かに捧げてしまう前に・・・




せめて今宵だけでも、

君を
貴方を


自分だけのものに、・・・――――












【To be continued】




※次回は【act.4,5】裏表現を多分に含んだ間章となります。
【act.4,5】を未読のままでも【act.5(※執筆中)】は読める仕様でございますので、裏に抵抗のある方はお控え下さいませ。
総司と桜乃の情事を垣間見たいという方は、どうぞ裏へお進みください。

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