咲夜の夢逢瀬

□【act.2】
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忘れられない。


あの夜の夢逢瀬…ーーーー






【act.2】




本日は麗らかなる小春日和。
雲一つない快晴な蒼空(ソラ)の下、
地上(ココ)では騒がしくも黄色い声が絶えず上がっていた。


「「「キャアァア!!沖田さまぁあー!!!!」」」

「沖田総司握手会の形成列最後尾はこちらです!!
順番に!前の人との間隔は空けずに!お並びください!!」

「整列後の待ち合わせ及び割り込みは騒動(トラブル)の元となりますので、規律(マナー)は守ってください!!」


最早悲鳴にも似た歓声に奇声。
それに負けぬよう、メガホンで声を大に呼び掛けるすたっふの声も方々から飛び交い、辺りはまるで何処ぞの合戦場のように騒然としている。


そんな一種の紛乱の中、本日の主役である総司は最高の愛獲笑顔を浮かべ次々と来る煌の手を握り応対していた。


“新選組・沖田総司握手会 in寛永寺”

そんな催しが本日この上野は寛永寺で行われている真っ最中である。
その影響から平素の倍以上の人(殆どが女性)で会場は混雑していた。


「来てくれてありがとう」

「あっああぁ…感激です…!!」

「僕も君に会えて嬉しいよ。いつも応援ありがとう」

「ひゃあああ!!総司くん大好きっ!!」


ひっきりなしに来る握手や会話に、総司の応対も機械的になりつつあった。
それでも煌は興奮に顔を赤らめ、中には歓喜のあまり泣き出す子までいる。


総司はそんな煌を笑顔でーーーー内心では冷めた目で見ていた。




* * * * * * * * * * 




「ーーーーお疲れ様でしたー」


半日にも及ぶ握手会が漸く終息を迎えた。
時刻は既に夕暮れ。
総司はすたっふに愛想を浮かべて挨拶をすると、一人ふらりと歩き出した。


迎えが来るまでまだ少し時間がある。


…少し外の風に当たりたくなったのだ。


「ーーーー……はぁっ疲れた。
うるさすぎて頭痛がするよ、まったく…」

人気(ヒトケ)のない所まで来て総司は盛大に溜め息を吐き出した。
溜まりに溜まった悪態をここぞとばかりに吐きまくる。

「ほんと皆、僕の気なんか知らないで舞い上がっちゃってさ。
いい気なものだよ。
まぁ、知られないのが何よりなんだけど」

大きく伸びを一つする。
長時間座りっぱなしの同作業で肩はバキバキに凝るは節々は疲れるは…至る所疲労が募っている。

こんな時は温かい湯船に浸かってまったりしたいものだ。


総司は空を仰いだ。

鮮やかな紅の夕空。
そういえば最近日暮れが少し遅くなったような気がする。

季節はもうすっかり冬を終え春となったのだ。
きっと気が付いた時には更に日暮れ遅まる夏となるのだろう。

そんな事をとりとめなく考えながら、微かに煌めく一番星を見付けて総司はぼんやりと空を見晴かした。


…そこへ突然視界を何かがヒラヒラと横切った。


「ん?」

無意識にそれを目線で追う。


ひらり、はらり………


それは風に運ばれて来た薄桃色の花弁。
それも一つ二つじゃない。
よくよく周りを見渡せばチラホラと幾つも風に遊ばれている。


「…桜?」


総司は掌に花弁を受け止めるとキョロキョロ辺りを見回した。
しかし、桜の木らしいものは見当たらない。

総司は立ち止まっていた足を再び進め出した。


そして建物の角を曲がった時だった。


「…わぁ」

眼前に広がる情景に、総司は思わず感嘆を洩らしたのだった。


角を曲がった先、そこは小道が先に長く伸びていた。
その道沿いに桜の木々が間隔を空けずに立っているのだ。

総司はまるで引き寄せられるように小道の中へ入り桜の木に近寄った。
近くで仰いで見ると、まだちらほら蕾があるもののほぼ満開に咲き誇っている。

山の端は既に夜の暗みを帯び、暮れゆく空に桜の花が映え神々しくすら感じられる。
まるで自らが淡い光を放っているようだ。


総司は徐に腕を上げ、手近な枝にそっと触れた。


桜…ーーーー


可愛らしい花弁を見つめていると、総司の頭にある少女の姿が思い浮かんだ。


(サクラちゃん……)


桜が好きと笑んでいた少女。
遊廓で出逢った、声を失った彼女は…


ーーーー今まで出逢った女性とは明らかに異なる、自分が初めて女性で関心を抱いた存在である。


そういえば、あの夜から二日経ったのか…


あっという間といえばそうだが、彼女と別れてからだいぶ日が経ったように思ってしまう。
彼女と居た時はあんなにも早く時間が過ぎたように感じたというのに。


(サクラちゃんは今頃、お客さんの接待してるのかな)


遊廓の客入りは今からが本番である。

新造である彼女は正式にはまだ一人前の遊女ではない。
その為一人の男性の相手ーーーーつまりは床入りまでは務めないという。

とはいえ姐方遊女に附いて客のお座敷での相手はするわけで……


(………やだな、それ)


そんな彼女の姿を想像して、途端に総司は顔を顰めた。

例えそれが彼女の仕事であっても、彼女が自分以外の男にあの可愛らしい笑顔を向けるのはなんとも不愉快である。




ーーーー『また逢いにくるよ』


あの晩、二次会がお開きになり店を後にする時にそう彼女に言った。

他でもない自分が彼女とまた逢いたいと思ったから。
彼女もとても嬉しそうに頷いてくれた。

考えるより先に口をついた約束。

けれど今となって思えば、その約束が簡単には為せない事に総司は気付いてしまった。


彼女がいるのは遊廓。
そして、自分は最高愛獲。


遊廓へ気軽に遊びに行くのに総司の肩書きは障害となるのだ。

幕府の役人や豪商、果ては僧侶ですら吉原に堂々と赴けるというのに。
愛獲は偶像。
皆の憧れの存在であるだけに、遊廓へ…まして私的に一人だけで行くなど醜聞(スキャンダル)を起こしに行くようなもの。


総司は視界いっぱいに桜を仰いだ。


「サクラちゃん……」


逢いたい。
今、無性に。


けれど……桜の名を持つ少女は、あまりに自分と隔てられた世界にいる。


(このままずっと、君には逢えないのかな……ーーーー)


総司の哀感を煽るかのように強い風が吹いた。

ザアァと枝が揺れ合い、花弁が空を舞う。


舞い散る薄紅の視界の向こうに儚く笑う彼女の姿が見えた気がして、総司はハッと手を伸ばした。


勿論、其処に彼女は居ない。
此処には自分一人だけ。


総司は腕を力無く下ろした。
そして拳をキツく握り締めた。


(サクラちゃんに二度と逢えない?
………そんなの誰が決めたのさ…!)


総司の中で闘争心にも似た激情が湧き出す。
諦めかけていた約束が、何としても実現させたいという決意に変わった。


元々興味関心を惹く存在が多くない総司だが、その分そういった相手に対する献身と一途さは強いのだ。


その数少ない存在の一人が桜乃である。


彼女に逢えないわけがない。
逢いに行けば逢えるのだから。


ーーーーそう、逢いに行けば。


けれど正面きって行く事は出来ない。
まして新造の彼女個人を指名する事は出来ないだろう。


ならどうするか…?


不意に沖田の中に一つの考えが浮かんだ。


「………まさか、今になってこれをするなんて思わなかったけど……」


しかし、手立てとしてはこれしか方法がない。


沖田は颯爽と身を翻すと足早に歩き出したのだった。









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