咲夜の夢逢瀬

□【act.1】
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決して出会う筈のなかった二人。




それは、夢逢瀬…----






【act.1】






まったく…うんざりする。




「きゃあ!新選組の沖田様ですよね!?お会い出来て嬉しいですわ!」

「あぁ、なんて麗しいのかしら…!」

「ちょっと!次お酌するのはあたしよ!!」

「何よ!割り込まないで頂戴!!」




耳障りな声。
うるさくて仕方ないなぁ。
どうしたらその口を塞げるんだろう?
ああ、いっそのこと斬って口を利けなくすれば静かになるかな。

総司は絶えず悪態を心の中で呟いでいた。

それでも表面ではそう思わせない完璧な笑顔を浮かべて酌を受ける。
それはまるで仮面のよう。
しかしそうすると女達は喜ぶのだ。
勘違いも甚だしい…


空けども猪口に注がれ絶えることのないお酌。


あーぁ正直そんなにいらないってば。
というか、こんな場所でそうそう飲む気にはなれないんだけど。


吐きたくなる溜め息を、煽った酒と共に飲み込んだ。


これで何杯目だろう?
あまり飲み過ぎるなと近藤さんや土方さんに釘を刺されたんだけど。
そりゃあ酔うと面倒な事になるのは分かってるけど。
でも仕方ないよね。
だって次々と注がれるんだもん。


チラと視線を巡らす。
すると、少し離れた席に座る土方と目が合った。
案の定厳しい眼差しを返され、総司は小さく肩を竦めた。


土方と視線のやり取りをしていると、不意に耳慣れぬ男性の愉快に笑う声が総司に向かって飛んできた。


「ははは、流石は最高愛獲ですなぁ!
女の注目を独り占めとは」

「…」

これまた耳障りな声が飛んできたものだ。
返答するのも億劫である。

聞こえていないフリを決め込もうとした総司に、しかし横から窘める声が掛かり思い直す。

「総司」

「…恐縮です」

窘めたのは近藤。
近藤に言われては無視も出来ないと、総司は愛想を浮かべて謙遜してみせた。




面倒くさい。
こんな事……そもそも、こんな場所に自分から好き好んで来るもんか。






----幕府公認最高愛獲・新選組。


この幕末泰平の世の中。
その名を知らぬ者は稀だろう。
それだけの人気と支持を、男女問わずあらゆる世代から受けているのだ。


現在新選組は江戸での長期遠征に来ていた。
彼等の主な活動の場は京都であるが、
新選組の人気は此処・江戸でも高い。
寧ろ元を辿れば新選組の故郷とも言われるだけあり、その熱は京に引けを取らないだろう。

ともあれ新選組の支持を更に集める絶好の機会。
隊士達はそれぞれ単独イベントに出たり、雷舞を開催したりとその活動に奮進している。

今日は遠征に来て以来の割と大きな雷舞があった。
会場は満員御礼。
グッズも全商品完売、しかも秒殺の如き勢いでの完売である。

雷舞も見事大成功を納め無事に終える事が出来た。
そうして雷舞後には、すたっふや関係者含めての打ち上げが行われる運びとなった。
打ち上げに関しては京都でも当然に行われてきた事なのだが……

しかし、今日は常と少々異なっていた。

それは本日の雷舞を含め、今回の遠征の後援に名うての権力者が関わっての事からだろう。

打ち上げ自体は通例のように行われた。
しかし問題はその後である。
なんと件の権力者の招待で、関係者幹部と新選組幹部は所謂二次会に行く事となったのだ。




----しかも其処は…





「さぁあ、気に入った女がいれば遠慮なく言ってくだされ!
此処はこの吉原でも良い遊女の揃った名店ですからなぁ、ははは」


そう、夜は眠らぬ花街・吉原。
彼らは二次会と称して遊廓へと来ているのだ。

関係者連中はさておき、新選組----しかもその人気トップが来て良い場所なのか正直問われる場所であろう。
しかし、招待した人物が人物なだけに断るのは憚れた。
芸能の世界において付き合いは欠かせぬもの。
今後の活動の為にも今回の伝手は決して蔑ろには出来ない。

そこで新選組からは近藤と新選組きってのWスターである土方と総司も参加する事になったのであった。



叶う事なら来たくはなかった。
しかし新選組の為----否、近藤・土方の為ならばと総司は腹を括ったのである。


くだらない生き物相手への応対は慣れている…
愛想良く振る舞う事。
更にそれが女性相手ならば甘言の一つ二つ紡げば満足してくれるのだ。


総司は再度土方を、そして近藤を見遣った。
二人共上手い事当たり障りなく遊女達に対応している。

先方の男性は気に入った女をと言っているが、流石にそれは躊躇われる。
というか、遊女を愛獲に勧める事自体可笑しな話であろうて。
酔いで頭が回らないのだろうか。

ところがその男性の言葉に遊女達の目の色が僅かに変わったのを、総司は目敏くも気付いてしまった。

(げ…)

総司は胸中で呻いた。

それぞれ三人の周りに集まる遊女達は、こぞって彼らを床入りへ誘おうと躍起になる。
店の利益の為もあるだろうが、遊女達は己の快楽の為に彼等に抱かれたいと願っているのだ。


今度こそ流石の総司も溜め息を洩らしてしまった。


ああ、本当に耳障りだ…うるさいうるさい。
そもそもどの身分で僕達に抱かれたいとか言うんだろうか。
色欲にまみれたクズの集まり…
あの人といい遊女といい、頭の沸いた輩ばっか……


腕に手を絡めてくる遊女をさり気なく避けながら、総司は内心で悪態を問答無用に吐き連ねる。

件の男性を見ればいい気なもので、遊女を両脇に侍らせ無遠慮に腿やら腰やらに手を這わせているではないか。


…気持ち悪いなぁ。
反吐が出るってまさしくこれだ。


総司はゲンナリとした。
あの男性にも、そして遊女らにも。


けれどそれを表にはおくびにも出さないのが愛獲である。




* * * * * * * * * * * * * * 




遊廓に来て暫くが経った頃であった。


「----失礼します、」


不意にお座敷の外から声が掛かる。


「お!来たか」

男性は腰を浮かすと居住いを正した。
遊女達もそれに倣う。


「?」


誰か来たというは分かる。
まさか、これだけ遊女が居るのに更に増えるというのか?

内心うんざりとしながら総司は目線だけ入口へ向けた。

するとスッと静かに戸が開き、周りとは明らかに格の違う女性がお付を従え入ってきたではないか。

開けた時同様静かに閉まる戸。
そして膝を折った遊女は優雅にお辞儀をしてみせると、優艶な笑みを浮かべ口を開いた。

「花君です。本日はようこそお越しくださいました。
どうぞ今夜はごゆるりとお楽しみになってくださいましな」

花君と名乗った彼女はそう述べると再度お辞儀をし、先方の男性の元へと歩み寄った。
それに合わせ男性の両脇に居た遊女達が無言でその場を離れる。

洗礼された所作、上等な身なり。
周りの遊女達の態度からしても、この女性は位の高い遊女なのだろう。

一連の動きを総司はまさに他人事で観察する。


どんなに綺麗だろうと高位だろうと興味はない。
けれど彼女の登場により総司の周りの遊女も静かになった事は確かな訳で。

心持ち清々とした総司は、ふと入口に視線を戻し目を瞬いた。


其処には二人の少女が端座している。
先程までは居なかったのをみると、花君と共に部屋に入ってきたお付きの少女であろう。


その一人に総司は目を奪われた。


歳は16、17といった所だろうか。
秀麗な顔立ちにはまだ少しのあどけなさが窺える。
銀糸のような白銀の髪はふわりと緩く癖があり、結い上げているがそれでも長い事が分かる。
色白な肌はまるで陽に当てた事がないようでいっそ病的に見えるが、それがまた彼女の儚い印象を強めているようだ。


「…ねぇ」

「はい?」

「あの子、誰?」

総司は少女に目を向けたまま、傍らにいる遊女に訊ねた。
遊女は総司の視線を辿りそしてその先の少女を確認するや、あぁ…と呟いた。

「花君姐さん付きの新造です」

「名前は?」

「桜乃、と」

「…ふーん、さくの…」

口に馴染ませるようにその名を反芻する。


何だろう…不思議な感じがする。


総司は桜乃という少女から目線が離せられなかった。

するとその視線に少女が気付いたようで、彼女は総司の方に顔を向けた。


視線が交差する。
深緑色の大きな瞳が総司を捉えた。


「っ」

瞬間、胸に起こった違和感に総司は息を呑んだ。

(は?なにこれ…)

胸に手を遣り眉を僅かに顰める。

疾走した時の逸る鼓動でも、雷舞の舞台に立って高揚する鼓動とも違うこれは……


「----沖田君、どうかしたのかね?」


思案の最中に声を掛けられ総司は顔を上げた。
見れば先方の男性が猪口を揺らしながら総司の様子を覗っていた。

男性のその言葉に土方と近藤、周りも総司を注視する。


あ、まずい。


舞台でならまだしも、この場で注目はされたくない。
まったくもって勘弁である。

ここは適当に言い繕うしかないか。
総司は仕方なしに口を開いた。


「すみません、ちょっと飲みすぎたみたいで……少し夜風に当たってきてもいいですか?」

丁度いい。
これで程よくこの苦痛極まりない酒宴から抜け出せる。

至極申し訳なさそうに言えば、男性は総司の内心になど気付く事なく頷いた。

「ああ、構わんよ」

「大丈夫か総司?」

「心配しないでください、近藤さん。
落ち着いたらすぐ戻りますから」

気遣わしげな近藤に総司は微笑を送る。
心配してもらえるのは嬉しいが、そんな不安そうな表情をさせたいわけじゃない。
なんせ具合が悪い訳ではないのだから。


…そういえばここに来る時も近藤さん、僕に申し訳ないと詫びていたっけ。
僕がこういう場が嫌いなの知っているから…
確かに嫌いだけど、でも近藤さんの為なら別に構わないのに。


総司は立ち上がり戸に向かう。
適当にぶらぶらして時間を潰そう。
総司はそう決め少し早足に歩を進めた。
しかし、不意に花君から発せられた言葉にピタリと彼の足は止まってしまったのだった。


「では桜乃、お傍について差し上げて」

「えっ」

花君の言葉に思わず総司は頓狂な声を上げ彼女を振り返った。
目を瞠れば花君は柔らかく微笑んだ。

「何かあっては大変ですから」

「いえ、僕はそんな…」
「何を遠慮してるんだ、沖田君!
それに遊廓は不慣れだろう?
此処はまるで迷路みたいだから道に迷ってもしたら…」

(はっ、子供じゃあるまいし。
というか、余計なお世話)

総司は鼻で笑った。
勿論心の中でである。

しかしその直ぐ後にその嘲笑は掻き消えた。

桜乃という少女、彼女と一緒…ましてほぼ二人きりというのはよろしくない気がする。
何故かは自分でもよく分からないが。
別に彼女が危険そうだからとかいう意味ではない。
けれど…うん、ちょっとマズい気がする。

でもここで先方の(恐らく)好意を無碍にするわけにもいかない。
ずっと黙って渋っているのも怪しいし…


(はぁ…しょうがないか)


「……じゃあ、お願いします」


さっさと頭を冷やして戻ってくるしかない。
折角この場から離れる口実が出来たと思ったのだが仕方がない。

総司が言うや桜乃という少女は立ち上がり静かに戸を開けた。
総司は極力少女と目線を合わせぬよう部屋を出たのだった。









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