Novel
□おやすみなさい良い夢を
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「夜分に失礼!」
バンッと中ニ房の扉が乱暴に開け放たれた。
ちょうど寝ようと床の準備をしていたユンシクとソンジュンは、その体勢のまま一体何事かと固まる。
乱入者は、隣の中一房の儒生で同期のチェ・チファンだった。
眉を吊り上げた形相で、何かに腹を立てているらしいことはとりあえずわかった。
しかし、その表情には不似合いな枕を胸に抱いているのがよくわからない。
「チェ・チファンこんな時間にどうしたんだ?僕達はもう休む所だが」
「コロ先輩は?」
ソンジュンの質問には答えず、姿が見えないもう一人の部屋の主の行方を問うチファン。
その問いにはユンシクが答えた。
「コロ先輩なら、夕刻に出て行ったきり帰ってないけど…」
それを聞くと、チファンは勝手にジェシンの布団を下ろして床に敷き始めた。
「じゃあ今夜は僕ここで寝かせてもらうからよろしく」
宣言するや、早々と布団の中に潜り込んでしまったではないか。
ユンシクとソンジュンは顔を見合わせる。
「チファン…ヨンハ先輩と何かあった?」
先程、隣室で何か言い争うような声がしていたことには、二人も気付いていた。
だがそれもほんの一時の後に静寂が訪れたものだから、ヨンハとチファンが小さな論争でもして、すぐ解決したのだろうと思っていたのだ。
そのわずか数秒後、平和だったこちらの中ニ房の静寂を破ったのがチファンである。
心配げなユンシクの言葉に、ガバッと跳ね起きるチファン。
よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、一気に捲くし立てた。
「ヨリム先輩ひどいんだ!明日は朝一番の講義だから僕が寝ようとしてるのに、わざわざ人の枕元で延々と本を朗読するんだよ!しかも春画本を!!」
……。
「…それはまた、幼稚な悪戯を…」
「…それはひどい!下品すぎる!」
呆れるソンジュンと、憤るユンシク。
互いの対称的な反応に、またも二人は顔を見合わせた。
「しかしそれしきのことで怒りに任せて定められた部屋を飛び出し、人定後に隣室に乱入するとは、成均館儒生として道理に外れているとは思わないか」
「それしきのこと?そもそも春画は清斎に持込み禁止だったはず。イ・ソンジュンにしては珍しく寛大だね。さては君もそういう本に興味あるんだ」
「興味あるなしの問題ではないだろう。たかが悪戯を軽く受け流すことも出来ないなど、精神的にも未熟であり…」
ソンジュンにとって、その手の本は自分には今のところ縁が無いにせよ、世間一般の男子が興味を持つべき物であることは理解しているので、ユンシクとチファンがそんなに目くじらを立てることのほうが理解不能である。
対してユンシクは、正体を隠しているとは云え内面はやはり女性キム・ユニでもあるので、その手の本に不潔な印象が拭えない。
それはチェ・チファンことミスクも同じこと。だからヨンハの悪戯に耐え切れず、思わず中一房を飛び出して来たのだ。
今度はユンシクとソンジュンが論争を開始してしまい、安眠を取るために平和な中ニ房に逃げ込んできたチファンとしてはたまったものじゃない。
慌てて二人の仲裁に入る。
「ちょ、ちょっと待って!確かに僕が未熟なのが悪いんだわかってる!だけど今夜はゆっくり寝たいんだ。お願いだから泊まらせてくれ、頼むよ二人とも」
手を合わせて必死に頼み込むチファンが可哀想で、ユンシクは優しく微笑んだ。
「僕はもちろん構わないよ。今夜はここで一緒に寝よう?…イ・ソンジュンもいいよね?」
「…まぁ、今夜はコロ先輩も戻って来られないようだし。だが、こんなことはもう控えてくれ」
無事にソンジュンのお許しも出てチファンの顔がパッと輝く。
「あ、ありがとうユンシク!ソンジュン!」
まだ中途半端にしか床の準備が出来ていなかったユンシクとソンジュンも改めて布団を整え、壁際にソンジュン、真ん中にユンシク、そして普段はジェシンの定位置である扉側にチファンが寝ることとなった。
「じゃあおやすみ」
ユンシクが枕元の灯火を消すと、月明かりだけが差し込む中ニ房をたちまち静寂が包み込んだ。