Double
□1:最悪の出会い
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ドアが開くと同時に電車を飛び出した。
腕時計に目をやってホームの階段を駆け上がり、改札を通り抜け、タクシー乗り場へと急ぐ。
「テレビ夕日までお願いします!」
車が動き出してようやくハァハァと上がった息を整えることが出来た。
走ってる間に、眼鏡もすっかり変な位置まで下がってしまっている。
…なんで今日に限って時間超えて講義すんのよあの教授ーっっ!!
いつもなら講義終了時刻の十分前にはさっさと終わるくせに。そしたらもう一本早い電車に余裕で乗れたのに。
期待してた皮算用が外れ、とにかく連絡しなきゃ…!と焦る気持ちに急かされながら携帯を開いてみれば、一通のメールが。
『カメリハ1時間押し』
ラッキー!!それなら全然間に合う!
ホッと長い安堵の息を一つ。
しかし落ち着く間もなく、外にはもう見覚えあるビルの間近まで来ていた。
さすが車だと早いなぁ。なんだ1時間押しなら歩いて来れば良かった、タクシー代損した。
…などと途端に内心で余裕をぶっこいてしまうのが私の悪い癖だ。まぁ結果論だけど。
地下通用口につけてもらってタクシーを降り、入口に立つ強面の警備員さんに手帳から取り出した一枚のカードを見せる。
ウチの事務所の社員証。もちろん私の名前と写真入りです。
本日の外部入場者リストと照らし合わせた警備員さんから無事にOK頂けたので、渡されたパスを首から下げてビル内に足を踏み入れた。
『関係者以外立入禁止』のエレベーターで目的階に降り立つと、ここからはもう戦場だ。
生放送はとにかく忙しい。
本番中はもちろんのこと、事前の通しリハーサルであるランスルー開始前の時点でもう慌しいし、それはスタジオに留まらず衣裳部屋やら音響やら画面では見えない部分でもスタッフは走り回っている訳で、画面を意識せねばならない出演者に至っては当然ながらメイクや曲の確認に余念が無く、リハを終えても本番までは楽屋にこもっている人がほとんど。
スタッフが走り回る廊下を、ただただ邪魔にならぬよう出来るだけ影薄く歩く。
すぐ横を誰かが走り抜ける度に、一応ペコリ小さく頭を下げるものの、自分の仕事にいっぱいいっぱいな彼らから挨拶が返って来ることはまず無い。
でもそれで良いのだ。
逆に、私の存在が印象に残る方が困る。私はあくまで外部の一スタッフとして、誰の記憶にも留まらない方が都合良い。
「すみません」
だから、まさか自分への声だとは思わなかった。
というより聞こえてもいなかった。
相変わらずここのテレビ局って廊下が入り組んでるなぁ初めて来た時なんてウロウロ迷っちゃったよねもう何年前だっけ…なんてポケーッと歩いていたら、再び後ろから声をかけられた。
「あの、すみません」
はい?
反射的に振り返った。ら、まず視界に入ったのは青いシャツ。
そのまま無意識に視線を上げていくと、目が合った。
……背ェ高っ!!
ひょろりと言ったら失礼だけど、でもまさにそんな感じ。
背が高くて細身の男の子が、私を見下ろしていたのだった。
「な、何でしょうか」
高校生くらいだろうか?まだ幼い顔立ちなのに、身長のせいか何だかすごい威圧感がある。
その迫力にちょっと…いや、かなり押されつつ、かろうじて返事をしてみた。
「えー、と…楽屋にはどう行けばいいですか?」
楽屋?
どう行けばって…
チラリとすぐ横の壁に貼られた張り紙を見る。
『←ミュージックスタジオ出演者控え室』って汚い走り書きながらちゃんと貼ってあるんだけど。
それとも違う番組の出演者?それとも……
「失礼ですけど…出演者の方ですか?」
まさか変な人が入り込んだんじゃないかと、我ながら訝しげな目になってしまう。
それには向こうも気付いたようで、眉尻を下げて苦笑した。
「ああはい、Mスタに。東方神起です」
「とうほうしんき、さん…」
本日のゲスト一覧表を頭に思い浮かべる。
とうほうしんき…『東方神起』?
漢字変換でようやく一致して、そういえば海外の男性グループだとTVで見かけたことを思い出した。同時に、さっきから言葉に何か違和感を覚えていた理由も納得する。
「下の階に行って帰って来たら迷いました」
肩をすくめる彼の正体がわかり、こちらもあからさまな警戒はさすがに解いた。
「ここ迷路みたいですよね。だから一応こうして案内が書いてあるんです」
ホラ、と張り紙を指差すと、彼は「あー…」と困り顔。
「簡単な日本語は少し読めるんですけど、この字は…読めないです」
「…確かに」
正真正銘の日本人である私にだって、パッと見では何と書いてあるのか読みづらい程の文字である。外国の人にとっては尚更だろう。
彼の楽屋の場所までは知らないが、出演者の楽屋はだいたい固まっているから自分の目指す方向で間違っていないはず。
事情を聞いた以上放っておく訳にもいかないし、仕方ないから連れ立って歩く形になってしまった。