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□鍵はいざ開かれん
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「おい水樹!面白い情報が来たぞ」

電話を切った萬田さんが不敵に笑う。
私が内容を聞く前に、鴻野さんのデスクにつかつかと歩み寄った彼は興奮気味に声を上げた。

「例のベイリーフ社長殺人事件。どうやらアノ男…榎本が一枚噛んでるかもしれませんよ!」


え?


「何?よし、その線で詳しく詰めてみろ!」

「はいっ!!」

『一般市民からのある情報』が示唆する一つの可能性。
それにGOサインを出した鴻野さんと、意気揚揚と部屋を飛び出した萬田さん。
先輩が動いたのに、私の体はまるで石になったかのように動かない。しかし頭の中ではグルグル肯定と否定が息つく暇なく高速回転。

まさかそんな…いくら何でも……

その思考を遮り、私の金縛りを解いたのは鴻野さんの怒鳴り声だった。

「水樹ボーッとしてる場合か!お前も萬田と行け!!」

「は、はい!」

跳ねるように立ち上がり、椅子の背もたれに引っ掛けていたジャケットを羽織って駆け出した。



『密室は、破れました』

この一言で、私達の地道な捜査と苦労を見事にへし折られたこと数回。
東京総合セキュリティが誇る―――変人。

榎本径。

私が刑事課に配属されて初仕事となった、某葬儀会社社長の密室自殺…もとい殺人事件(散々色んな可能性を捜査して自殺と断定したのに、彼の横槍によって密室でない殺人事件へとひっくり返されてしまった)から始まり、新たな事件を担当する度に私達の目前に現れては警察の面子を丸潰れにしてくれる天敵。

…いや、私達では解決できなかった真実を明らかにしてくれたことに対しては感謝しなければいけないのだけど。
悔しいことに、私達だけでは手に負えないと判断した鴻野さんが正式に協力を要請したこともあるくらいだけれど。

それなのに何が腹立つって、彼が関心を寄せるのは『密室』ただ一つだということ。
事件に至った過程や関係者のバックグラウンド、挙げ句に犯人が誰なのかさえどうでも良いらしい。
そんな無機質な人に、懸命に調べ上げた自分の捜査能力や正義感が劣るというこの事実が腹立たしくて仕方ない。


だから、そんな無機質な人が過去の仕打ちをずっと恨んで恨んで、ついにベイリーフ社長を殺したって可能性を聞いても、にわかに信じられないのは当然のことだと思う。


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