Novel
□父子
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月の光だけが照らす暗い夜道に、馬の足音と車輪の音が響く。輿に揺られたジェゴンと少女は二人とも無言だ。
何故このようなことをしてしまったのか…。
今更ながら、自分の取った行動が突飛すぎて信じられない思いだった。
「…そなたの名は?」
返事は返って来ない。
答えたくないのか輿の走る音に掻き消されて聞こえなかったのか、ジェゴンにはどちらでも構わなかった。独り言のように言葉を続ける。
「火事で両親を亡くしたのか。辛かったろう、寂しかったろうな」
少女は俯いたまま何も答えない。
「私もつい先ごろ息子を亡くした」
少女の目が微かに動いた。
「とても辛かった。今でも気持ちは癒えるどころか、寂しさが募る一方だ。私達は似た者同士かもしれんな。…いや、二親を亡くしたお前の方が、その小さな体でよく頑張っている」
顔を上げた少女と、優しい眼差しが交わる。
「そう容易く寂しさを埋めることなど出来んだろうが、私の子となり共に分かち合ってくれんか?」
幼い少女には自らの意思による決定権など存在しないに等しい。しかし、ジェゴンは聞かずにはいられなかった。
息子にしてやれなかった多くのことを、この少女に与えてやりたい。
少女は大きな黒い瞳を揺らすだけでその問いかけにも口を開くことは無かったが、彼も明確な答えは求めていなかったので、以降はまたもや沈黙が二人の間に訪れた。
チェ家の屋敷が見えてきた頃、ジェゴンが再びポツリと話し始める。
「私の息子はチファンといった。長く子供が出来なかった私達の間に生まれてきてくれた喜びのあまり、妻と三日もかけて考えた名だ。そなたが両親から与えられた名も教えて欲しい」
「……ミスク」
蹄の音と車輪の音に消されそうになりながら、小さな声はそれでも確かにジェゴンの耳に届いた。
「そうか、良い名だな」
微笑んでそっと少女の頭を撫でた時、屋敷に到着を知らせるかの如く、輿はキキーッと一際大きく車輪の軋む音を辺りに響かせる。
同時に、主人と新たな幼い主を迎え入れるべく、内から門がゆっくりと開かれた。
あとがき>>>
過去編その1。
どうしても書いておきたかった父上との出会い話。