捧げ物
□いつでも君と
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今日は木曜日。
いつもは一緒に過ごす休み時間、一緒に食べるお昼ご飯も週に1度の今日だけは別々に食べる日……
休み明けの月曜日よりも憂鬱で、げっそりとなるようなこの曜日に、総司は机に寝そべって、深々とため息をついた。
***
高校に入って2度目の春――
桜がひらひらと舞い散る校門の前で、ようやく彼女と再会を果たした。
前世の記憶を持ったまま、前の自分と姿も同じ。
それらは全て再び千鶴と出会うためだと信じていたが、現世に生まれて16年………
近藤さん、土方さん、一くん、左之さん、平助くん、新八さん……みんなとは次々と再会を果たしたのに、そこに千鶴だけが欠けていて、もう会えないんじゃないかと不安になることもあった。
だから、出会えた奇跡が嬉しくて、幸せで、もう二度と……少しでも千鶴と離れたくなくて、総司は休み時間の度に彼女の教室へ足繁く通い、周囲の目などまるで見えないかのように、ベタベタ甘えっぱなし、戯れつきまくりだった。
昔は山奥の、周りには自然しかない一軒家にたった2人で住んでいた。
だから、1日中、朝も昼も…夜だって、2人きりの世界だった。
だけど、今は違う。
今は2人ともまだ高校生で、学校、家など枷となるものがたくさんあるし、何よりも昔とは違って、たくさんの人が周りにいる。
そしてこれからここで生きていくためには人付き合いはとても大切だ。
たとえそうだとしても、総司にとっては千鶴以外は全て、どうでもいいのだが、千鶴はそうは思ってなかったらしく、譲らない目で総司を見つめ、きっぱりと言い切ったのがこれだった。
『沖田先輩……週に1回でもいいですから、学校では会わないようにしましょう。』
週に1度とはいえ、千鶴に会えないなんてたまったもんじゃない
もちろんこれには総司も猛反発したが、『友だちは大事です!!約束がまもれないなら、もう付き合えません!!』とまで言われてしまっては、渋々頷くしかなかった。
千鶴がそう決めたのは、木曜日。
だから、毎週木曜日は千鶴不足で、朝から不機嫌丸出しの総司は、友人たちにすこぶる不評なのだが、そんなことを千鶴が知る由もなく、もう半年近くこの状態が続いていた。
***
「はぁ……」
「おい、総司!先程から話を聞いているのか?」
ちらちらと怒りが見え隠れする低く、抑えたような声に総司はのろのろと目線を上げた。
すると、目の前に映るのは、愛くるしい黒めがちの目、くるくるとよく変わる表情が可愛くてたまらない千鶴……ではなく、暗い紫紺の瞳に、あまり感情を表すことのない無表情な友人。
「もちろん聞いてないけど、何?」
そんな友人に不機嫌丸出しで、適当に相づちを打ちつつ、総司は再びため息を零した。
「おい、目の前でため息ばかり零すな。ため息をつきたいのはこちらの方だ。」
だいたいあんたは人の話も聞かないで……
そううんざりしたように呟く友人に総司の機嫌はますます悪くなるばかりだった。
「ため息くらい僕の勝手でしょ?それより何?何か用事でもあるわけ?」
「あぁ。今日の昼は急に風紀委員の会議が入ったのだ。だから、すまない。今日は一緒には食べられない。」
千鶴からも頼まれ、木曜日はいつも不機嫌な総司の相手をしている彼は、申し訳なさそうに顔を歪ませていたが、そんなことは意に介した風もなく、そちらを見ずに、総司はひらひらと手を振った。
「あー…別にいいよ。売店でパンでも買って食べるから。」
再び、本当にすまないと呟きながら立ち去る友人を見送って、鞄に手を入れ財布をあさりつつ、総司はふと今朝のことを思い出した。
そういえば……
千鶴ちゃん、今日は学食って言ってたよね…?売店は食堂の中にあるわけだし、否が応でも食堂に入らなきゃならない。
偶然を装って近づいて、あとは何かと理由をつけて、一緒に……
多少怒られても、どうせおれるのは千鶴の方だ。
「よしっ!」
そうと決まれば、短い昼休みを1秒だって無駄には出来ない。
総司の教室は北棟の3階、食堂は南棟の1階だ。
総司は乱暴に財布をポケットに押し込むと、教室を飛び出し、階段を飛び越え、人が疎らな廊下を全力疾走で駆け出した。
***
「千鶴ちゃん、千鶴ちゃん……」
いたっ!!
食堂について、キョロキョロと辺りを見回すと、今朝言っていた通り、中央の6がけの丸テーブルに友人3人と座って、みんなで顔を赤くしたり、笑いあったり、無邪気にはしゃいでいる千鶴が目に入ってきた。
周りは女の子だし、千鶴の友達。
分かっていても、そんな千鶴が何だか面白くない。
総司は偶然を装うのも忘れ、千鶴へ近づくと、後ろから抱き締め、首筋に顔を埋めた。
「きゃあっ!?」
突然の出来事に当然のように千鶴の口からは悲鳴が漏れる。
が、1拍置いて今の状態を理解すると、ルックスもスタイルもいいこの学校のアイドルである総司がこんなに近くに、しかも千鶴に抱きついているのを見て、友人3人がキャアキャア騒ぐ声が聞こえてきて、千鶴の顔は真っ赤に染まった。
「千鶴ちゃん!」
「お、お、沖田先輩!?離して下さい!!」
千鶴の肌に頬を寄せ、さらにすり寄ろうとする総司から離れようと、バタバタと抵抗するが、もがけばもがくほど、総司の腕の力は強まって、絶対に離さない!といったように千鶴の細い身体を抱きしめてくる。
そんな総司に、ふぅと息を吸うと、千鶴にしては、精一杯の脅すような口調で呟いた。
「約束……破りましたね?」
普段は控えめな千鶴だが、総司が時々おっ?と思うくらい、芯が通っていて、頑固な所もあり、譲らない所は譲らない。
いちもは結局折れてくれる千鶴もここは譲る気がないようで、総司の頭を少しだけ後悔の念が過る。
「沖田先輩……今日、木曜ですよね?」
「そ、そうだっけ?あれ〜?確か、僕の携帯には水曜日って書いてあったような…」
いつものように冗談っぽく流そうとした総司だったが、自分を見上げるはちみつ色の瞳に思わずぐっと言葉に詰まった。
「…………。」
「………。」
沈黙と無言の圧力に堪えきれず、気づけば、総司の口は勝手に言い訳を始めていた。
「だ、だって……木曜は僕、千鶴ちゃん不足だから……」
「だって…じゃないです!!それに、放課後になったらすぐに会えるじゃないですか!」
「それだけじゃ足りないんだってば!我慢できない……そう思ってたのは僕だけ?何か、僕ばっかり好きみたいで………」
「そんなこと……」
絞りだすような声に、総司が目線を上げれば、怒ったような、拗ねたような少し不満気な千鶴が目に入る。
「そんなことあるわけないじゃないですか……私だって、いつも一緒にいたいです……でも、今は2人きりじゃないんです!友だちを大切にして下さいって、あれほど……」
「今までちゃんと守ってたでしょ?でも、今日ははじめくん、委員会だから、ちょっとくらいいいかなって……」
「でも、私も友だちといたんです。いきなり抱きつかくなんてて…」
やりすぎです……
と顔を真っ赤にして千鶴はぼそぼそ呟いた。
「だって千鶴ちゃん、僕といないのに笑って、楽しそうで…」
「……友だちですよ?」
「それでも嫌だ。君の笑顔だって、泣き顔だって、照れた顔だって、僕以外の人に見せないで欲しい………って、何でにこにこしてるのさ?」
「いえ、その……」
顔を隠すように顔を両手で覆いながら、千鶴は総司を避けようとするが、総司は腕をひょいっと掴み、無理矢理こちらを向かせた。
「今の、笑うような所じゃないよね?」
「あ、えと……」
「何?何で笑った訳?」
問い詰める総司の笑顔からはどす黒いものが出てき始めているようで、千鶴は少し慌てた。
「ち、違います!今のは笑ってたんじゃなくて……」
「なくて……?」
「あ、愛されてるなぁ…って……」
「へっ?」
「だから、愛されてるなぁって思ったんです!」
「………千鶴ちゃん。」
「………沖田先輩。」
そのまま、一歩ずつ歩み寄ると、総司は千鶴を思い切り抱きしめた。
「もう!千鶴ちゃん、かわいい!!大好き大好き大好き!!」
「わ、私もです!」
いつの間にかシンと静まり帰った食堂に、2人の声だけが響く。
「あ、あの〜……盛り上がってるとこ悪いんですけど、千鶴?次体育だから、私たちさきに戻るね?」
友だちの声にようやくここがどこか思い出したらしく、赤い顔をさらに真っ赤にして、千鶴は悲鳴のような声を上げた。
「お、お、沖田先輩!ここ、食堂じゃないですか!?わ、私も行く!体育!は、は、放してください!!」
もはや何を言っているのかよくわからないくらいに大混乱の千鶴を余所に、総司はどこふく風といったようにゆったりと千鶴の腰に手を回している。
「ここが食堂なんて、いまさらだよ。体育ってどうせ左之さんでしょ?体育なんかより大切なことが世の中にはたくさんあるんだよ。このままさぼろう?」
「だめです!!あっ!ねぇ、待って!置いていかないで!!沖田先輩、放してください!」
「嫌だね。そう言われると余計に離したくない。」
「千鶴ー?原田先生には、私たちから言っとくから〜!」
「ゆっくりしてきて大丈夫だよ〜」
「大丈夫じゃないよ!お願い!待って!助けて!」
そんな叫びが友人に届くことはなく、体育だけでなく、古典も数学もさぼるハメになり、木曜日の約束は止めよう……と固く心に誓った千鶴だった。
〜END〜