僕とかぐや姫
□第6話
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緑――
この大地に芽吹く命そのものを表すような生き生きとした色。
太陽の光を浴びて、ただただ鮮やかに輝いてその存在を主張する。
そんな緑が眩しくて、美しくて、綺麗で、気高くて、何故かはわからないけれど、どうしようもなく惹き付けられる。
あなたの瞳は、そんな緑を切り取って閉じ込めたような翠色。
本物の緑は美しい。けれど、こちらから見つめるだけで、応えてはくれない。
でも、私を見つめる2つの翠は私を捉えて放さない。
どの緑よりも濃く、どの緑よりも鮮やかで、どの緑よりも美しい瞳。
思えば出会った初めからずっとずっと惹かれ続けていたのかもしれない…――
***
あの満月の晩の出会いから総司は毎晩やって来た。
十六夜
立待月
居待月
寝待月
更待月
下弦の月
有明月
三十日月
朔月
繊月
三日月
上弦の月
…………
いつしか帝からの文など無くなって、来る日も来る日も澄み渡った秋の夜を2人で語り明かした。
月は欠け、細く暗くなっていく一方だったが、2人の想いはそれに反するように温かく、幸せに満ちていった。
それにつれて、総司には出会った時から感じていた千鶴の翳りも消え去ったかのように思われていた。
しかし、いつ頃からだっただろうか……
それは、月が再び満ち始めた頃――
その頃から千鶴は以前のように心から笑うことはなくなり、ころころとよく変わる可愛らしい表情は消え去ってしまった。
そして、美しかった面差しは少しやつれたようで、ふとした瞬間に見せる翳りは以前よりも深く濃くなったようだった。
そして、遂に十日夜月の晩――
総司はいつものようにもう幾度となく通った門をくぐり、千鶴の待つ縁側へと向かった。
いつも2人で時を過ごすその場所は、表からは直接見えない所にある。
それ故、そこで待つ千鶴が総司が入って来たことを確認する術はなく、新月の晩のように暗い夜には気配を殺して近づいて、千鶴をからかったりしたこともあった。
最近、また千鶴ちゃん元気ないし、ちょっとからかってみようかな……
その時の千鶴の怒ったような、しかし、心から笑う温かな笑みを思い出しながら、悪戯心を働かせて、一歩、また一歩とこっそり千鶴の許へと近づいていく総司だったが、彼女の姿が目に入ってきた瞬間、その場に縫い留められたかのようにピタリと動きが止まってしまった。
弓の形を型どった上弦の月より、すこしふっくらとした十日夜月。
その月を振り仰ぎ、放たれる光に照らされて、蒼白く光るかぐや姫。
遠目から見ても、着物の上からでも分かる細く、華奢な肩は小刻みに震え、白く透き通った頬を、真珠のように光る雫が幾筋も幾筋も伝っていた。
今までどこか翳りを帯びた目で総司やおじいさん、おばあさんを見ていたのには気づいていた。
しかし、彼女の涙を見たのはあの日以来であり、儚げなその姿は今にも手の届かない所に消えてしまいそうに感じられ、総司は大きく息を吸い込むと、意を決して、千鶴に歩み寄り、何も言わずに彼女の左手を掴み、自分の胸へと引き寄せた。
「そ、総司さんっ?」
ぼんやりとしていたせいか、総司が近づいてきていたことに気づかなかった千鶴はふわりと鼻孔を擽る総司の香と突然抱きしめられたことに驚いて、目を見開いた。
「ねぇ、千鶴ちゃん……どうして1人で泣いてるの?」
突然の出来事にただ目を見開いていた千鶴だったが、総司の言葉にはっと我に返ると、頬を伝う涙を慌てて拭い、にこりと笑った。
しかし、そんな下手な誤魔化しが総司に通じるはずもなく、総司はさらに腕に力を込めて千鶴を抱きしめた。
「千鶴ちゃん……心配事があるなら、僕に話してよ……僕ってそんなに頼りない?」
「そういう訳じゃ……」
そう言いながら、千鶴は総司の手を振りほどこうともがくが、総司の縋るような腕がそれを許さないので、千鶴はせめて顔だけでもと顔を背け、視線を落とした。
「は、放して下さい……」
「いやだ。」
「…――っ!は、放し…」
「僕は放さないよ。だって君、今放したら、どこかへ消えてしまいそうだから……」
あまりに的を射た総司の発言に、千鶴はビクリと身体を震わせると、震える唇をキュッと噛んだ。
「千鶴ちゃん……お願い……こっち向いてよ……」
「………。」
「君に…どうしても伝えたいことがあるんだ……だから、こっちを向いて?僕の目を見て…」
普段は冗談っぽく艶やかに響く声音が、真剣味を帯びていて、それに誘われ、千鶴はおずおずと振り返った。
すると、強い意志を秘め、こちらを真っすぐ見つめる翠の瞳と目があった。
総司はそんな千鶴に満足したかのようにふわりと微笑むと形の良い唇を動かして、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「ねぇ、千鶴ちゃん……初めて会ったあの日から、僕はずっと君のことが…」
「止めて下さい!!」
総司の言葉を遮って、千鶴の悲痛な声が響き渡る。
「やめ、て…下さい……」
総司は意を決して口を開いたものの、鳶色の瞳が総司を見つめたまま次から次に零す涙に総司は戸惑っていた。
「どうして?君の涙は一体何の涙なの?僕のこと、そんなに嫌い?」
痛みを堪えるように呟く総司に千鶴はぶんぶんと左右に頭を振った。
「違いますっ――…私も…総司さんのことが……」
「ならどうしてさ?どうしてそんなに頑なに拒むわけ?」
「それは……」
「それは……?」
千鶴はそのまま口を閉ざし、目を滲ませながら、中々開こうとはしなかったが、総司の真摯な瞳に見つめられ、瞼を下ろすと躊躇いがちに口を開いた。
『もうすぐ帰らなければなりません』と。
〜第7話に続く〜