僕とかぐや姫

□第3話
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まさかこれほどとは……


月光の下、蒼白い光に縁取られるように現れたその姿に、総司は思わず目を奪われた。


噂なんて、尾ひれがついて、必ず誇張されて伝わるもの。
今までどれほど美しいと噂されてきた女性を見ても、全く心動かされることなどなかった。
それどころか、女性の方が総司に惚れ込んで、擦り寄って来ることの方が多かった。
しかし、自分が全く興味が無いにも関わらず媚びてくる白粉臭い彼女たちに最近は嫌悪感さえ覚え始めていた。


今回もどうせそんなところだろう……良くて、そこらのちょっと美人。帝の命でなければ、見に行くまでもない。
そのくらいにたかを括っていただけに、彼女のまさに光輝くようなその美しさがより一層、総司の目に眩しく映った。


目の前にいる彼女は、まさに無垢な少女から女性に成長しているところなのだろう。まだあどけなさは抜け切っていないものの、あと5年……いや、3,4年もしたら、しっとりと落ち着いた雰囲気も出て、艶々しい…まさに絶世の美女になるに違いない……
その時に、この子の傍にいられるのが自分だったら………


あー……違う違う!
そこまでいって総司は頭を振った。
今までに泣かせた女性は数知れず、そこらの男たちよりはみめもいいし、身分だってある。女性に関してはかなり自信のあり、今までに一度だって自分から惚れたことなどない総司だったが、気がつけば一瞬にして、目も心も奪われてしまっていた。
僕は帝のお使いで……
彼女は帝のものになるんだから。
帝が声を掛けたから気になった。ただそれだけだ……
しかし、なまじ自信があるだけに、自分から惚れたら、何だか負けのような気がして素直に認められず、無理矢理理由をつけて、自分を納得させようとする。


「あの……沖田様?どうかされましたか?」


恐る恐る発せられた、躊躇いがちな声に総司ははっと我に返った。


「やっ、えっと……何だっけ?」


ようやく自分を取り戻したものの、先ほどの余韻か、柄にもなく緊張しているようで総司は思わず言葉に詰まる。
どうしたものかと顔を上げると、口元にふわりと笑みを浮かべた鳶色の瞳と真っ正面から目が合って、頬の辺りに熱を感じるのと同時に、思わずふいと逸らしてしまった。


うわっ、目が合わせられない………


彼女にしてみれば、総司の行動はよく分からないのだろう、目線を漂わせたままの総司の身体に首を傾げる気配が伝わってきた。


「……本当に大丈夫ですか?」


「あぁ、うん。全然何ともないよ。で?えっと、お願いがある……とか言ってたっけ?」


はい……
と呟きながら、千鶴は袂を口に寄せほうと安心したように息を吐くと、先ほどよりはっきりとした口調で口を開いた。


「沖田様。帰って帝にお伝え下さい。『私は誰の妻にもなりません。だから、文も贈り物も受け取れません。どうか諦めてくださいますようお願いします。』と。」


「えっ……」


この時代の女性なら、帝から声を掛けられるのは何よりも栄誉なこと。断るはずがない。
だから、彼女は帝のものになるのだろう。そして、その文を運んで、2人を結ぶのは僕だ…――

そう思っていただけに、総司は千鶴の返事に対し、信じられないというように目を見開いた。
しかし、何よりも千鶴の返事をどこかで喜んでいる自分に総司はかなり驚いたが―――


「ちょ……ちょっと待って!君、何言ってるか分かってるの?帝だよ?帝!!この国で1番偉い人だよ?帝から声を掛けられるのは、女性として名誉なことでしょう?どうして断るのさ!?」


驚きの余り、強くなった口調に彼女もまた目を見開きながらも、しっかりと譲らない口調で口を開く。


「どうして、ですか……そうですね……」


私に残された時間はあと少し……
もうこれ以上、悲しむ人を増やしたくない……
それに………
千鶴はちらりと土方を振り返る。
最後までおじいさんとおばさん……大好きな2人の傍に………


「……ここにいたいから、です。」


千鶴の答えに今まで黙り込んでいた土方が口を開いた。


「千鶴……俺たちのことは気にするな。お前は自分の幸せだけを考えてればいいんだよ。2人でだって、元気にやっていけるからよ。」


土方の言葉に千鶴はゆっくり振り返り、縋るような、潤んだ瞳で呟いた。


「……迷惑、ですか………?私がいると、迷惑ですか?」


千鶴の肩がふるふると震えているのに気づき、土方は千鶴を抱き寄せようと手を伸ばす。


「んなこたねぇよ!!俺たちだって、いつまでもお前と一緒にいたい。ただ、俺たちはお前の……」


「はい!そこまで!!」


いくら育ての親とは言え、彼女が他の男に抱かれるのが気に食わず、何だかむっとした総司が割り込むと、土方は総司を睨み付けた。
しかし、ちらりと見るだけで総司は意にも返さず、千鶴へと向き直った。


「ねぇ、姫。君の気持ちは分かるけど、とりあえず文だけは受け取ってもらえないかな?」


「それは……だめです。受け取れません。」


「どうしてそんなに頑ななの?」


「文は受けたら返事を出さなければならないでしょう?そうすれば、手元に残ってしまいます。私はここを離れません。帝は私のことなど忘れた方がいいんです。」


先ほどの土方の言葉に心を決めたのだろう。きっぱりと言い切る彼女の目には意志の光が宿っていて、美しく、揺らがないのだと分かる。


「でも、それじゃあ僕、帰れないんだけど。」


「どうしてですか?」


「帝にね、絶対返事もらってこいって言われてるんだよね……手ぶらで帰ったら、怒られるだろうなぁ……」


本当は怒られる訳がない。だけど、このまま帰るのも何か嫌だ……
そう思ったら、無意識に口が動いていた。


怒られたら……
今まで頭をくしゃりと掻きながら、顔を見ないように千鶴の胸元を見つめていた総司はそっと呟くような声に誘われて、つい千鶴を見上げた。


「怒られたら、またいらして下さい。何度でもお返事致します。」


ねっ?と首を傾げて、自分だけに向ける花のような笑みに、一瞬雷に撃たれたような刺激がはしり、総司はピシッと音を立てて固まった。


っつ…やばい……何だ、これ………
総司の右手が自然と自分の左胸へと伸び、そこから煩いくらいの鼓動が伝わってくる。
あぁ……もう、やっぱりこれは完全に………


『惚れました…………』


無意識の…しかし、千鶴の愛くるしさを最大限発揮した、破壊力抜群の攻撃に総司は完全に落ちてしまった。


「あー……うん。今日は帰るよ……明日、また返事を聞いてここに来るから……」


月明かりがあるとはいえ、細部までは見えないだろうが、顔が赤くなっている気がして、総司は顔を伏せながら、言葉を紡いだ。


「はい。お願いします。」


玉を転がすような艶やかな声を背中に、総司は門まで来ると、ちらりと後ろを振り返る。
すると、姫はまだこちらをじっと見送っていて、この距離では分かるはずもないのに、一瞬総司に笑いかけた気がして、照れ臭さと嬉しさが入り混じる。
そのまま総司は姫にばっと背を向けると蒼白く光る帰り道を足早に駆けていった。



〜第4話へ続く〜




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