僕とかぐや姫

□第2話
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「ねぇ、そこにいるのはかぐや姫?」


一筋の光もない真っ暗な闇のなか響き渡る得体の知れない、しかし、何故か楽しげで艶っぽい声は妙に千鶴の耳に残る。
素敵な声……何だか耳に心地好い。おばあさんやおじいさんのような安心感のある声じゃない。むしろ、どこか心が掻き乱されるようだけど、綺麗な声……一体どんな人だろう…?
こんな時間に、しかも正体も分からない男性の声に本来なら、警戒しなければならないのだろうが今の千鶴は警戒心よりも好奇心が勝って、無意識に前へと一歩踏み出した。
しかし、千鶴の行く手は突如として現れた声に緊張をはしらせた土方の腕によって遮られた。土方はそのまま千鶴を背中に隠すように回り込み、腰に帯びた太刀を鞘から抜き放つと、殺気を帯びた剣先を侵入者に向けた。
普通の者なら震え上がる、そんな状況にも関わらず、相手の男は全く動じていないようで、土方の殺気を受け流すようにゆっくりとこちらに近づいてきた。


「それ以上近づくんじゃねぇ。てめぇ、何者だ!?今の状況が分かってねぇのか!?」


ようやく暗闇に慣れた土方の目に長身の影が形作られる。少し目線を落とすと、武官なのか、腰に刀を帯びているのが見て取れて、土方は刀を握り直すと、一層警戒の色を濃くした。


「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。何も悪さしに来た訳じゃ無いですから。」


そう言って、相手は両手を上げて、戦う意志が無いことを示すような仕草をするが、土方は刀を下ろさない。


「こんな時間に先触れもなく、他人の家に入ってきて警戒するなっつう方が無理な話だ。」


しかも、これだけの殺気を向けられてこんなに飄々とできるなんざぁ、ただ者じゃねぇ……


「もう一度聞く。てめぇ、何者だ?」


もしかして、千鶴を攫いに来たのか?
そうだとしても、今この屋敷で戦えるのは自分1人だ。俺がやるしかない。
剣の腕は互角、もしくは相手が上手……そう見た土方はありったけの気迫を込めて問いかける。


しかし、相手はこの空気を感じ取っているだろうに、それに応じるどころかめんどくさそうにため息をつくと、その場に片膝をつき、キリッと顔を引き締め、雰囲気をがらりと変えて返事を返す。


「僕の名前は沖田総司。今宵は帝の命にて、かぐや姫に文を届けるべく遣わされました。ぜひかぐや姫にお目通りを。」


青年の凛とした声が響くのと同時に、雲が切れ、再び月光が地に降り注ぐ。今まで影としか映らなかった姿がその光に照らし出されて、ようやくはっきりと現れた。


片膝をたて、こちらを見上げる青年は新緑の瞳に整った顔立ち。
珍しい色素の薄い髪は月光を浴びて銀を散らばしたように一筋一筋がきらきらと淡く輝いている。
それに対して、闇夜に溶け込む濃い深緑の狩衣がしっかりと雰囲気を引き締め、絶妙に釣り合いがとれていて、彼の美しさを最大限に引き出していた。


美しい……
どこかぼんやりとした頭で総司を見つめていた土方だったが、自分の後ろで千鶴がみじろぐのを感じ、我に返ると、帝の使者だと名乗った総司をまじまじと観察した。


端正な顔に張りつけているのは、裏の読めない笑み。
さらに、よく目を凝らせば、深緑の布は相当値がはる上物だと分かるが、正式な使者にしては、烏帽子も被っていない上に、頭も手櫛で梳いて軽く結い上げているだけだ。そんな怪しげな風貌に土方が訝しげな視線を送ると、総司はやれやれと肩を竦めた。


疑り深い人ですね……
そう呟いて苦笑しながら、総司は懐から上質の紙にしたためられた文を取り出すと、土方に掲げてみせた。


「ほら、今日はこれを届けにきたんです。しかも、めんどくさいことに左之さ……じゃなかった、帝からお前が“直接”手渡してくれって言われてね。だから、あまり人目につきたくなくて、裏から入らせてもらったんですよ。」


「そう言えばお前、本当に裏から入って来たのか?」


いろいろあって、すっかり失念していたが、この家は千鶴を狙ってろくでもない男がよく入ってくるものだから、塀をかなり高くしているし、塀の上にも仕掛けがある。そして、何よりも裏門など存在しない。


「あぁ、この家、変なんですよ。あなたの趣味ですか?裏門はないし、塀はやけに高いし、塀の上には何かまきびしみたいなのが撒いてあるし、下りたら深い堀があるし、趣味悪すぎますよ?」


「当然だろう?千鶴に危害が及ばねぇためには何だってやってやるさ。それで?お前はどうやって入ってきたんだ?」


裏から入ってきたと言う割りには総司は全くの無傷だ。今後の為にもよく聞いておかなければ……


「あぁ、僕ですか?僕は普通にそこらの竹を使って飛び越えましたよ。でも、先に行かせた供が1人見事に全部引っ掛かっちゃって。多分まだ堀の中にいると思うんですけど。後で何とかしといて下さいね?それと、損害賠償はこちらに請求してもいいですよね?」


成る程、思いつかなかったな……そんな方法が………
何か対策を考えなければ…………
ってそうじゃねぇ!!


「俺に助ける義理はねぇし、損害賠償なんて、いいわけねぇだろうが!!大体、お前が正面から堂々と入ってればそんなことにはならなかったんだよ!!」


「じゃあ、放っておくんですか?いくら自分の庭に死体を飾りたいからって、見殺しにするのは人としてどうかと思いますけど?
それに、正面から来たところで、絶対に会わせてくれなかったでしょ?だったら、こっそり来るしかないじゃないですか。」


「それは……そうだが、人としてどうかと思うなんざ、お前にだけは言われたくねえよ。大体死体を飾りたいなんてどんなやつだよ……あぁっ!もう、とにかく、供の者は自分で何とかしろ!それと、文は俺に寄越せ。」


そう言って、手を差し出す土方に総司は、分かってないなぁと大仰にため息をついた。


「駄目ですよ。おばあさん……?でいいんですかね……おばあさん、もしかして“直接”って言葉の意味知らないんですか?僕は帝に直接手渡しって言われたんですよ?」


「てめぇ、馬鹿にしてやがんのか!?直接の意味くらい知ってるに決まってんだろ!!だがな、普通初めての客を招き入れた上に、はいどうぞ、なんざ言うわけねぇだろう!?」


「だから、こっそり来たって言ったでしょ?あーあ……せっかく帝が僕のこと信頼してくれたのに……これが出来なかったら、官位剥奪かなぁ?そうなったら、もちろん責任とってくれますよね?」


「はぁ?んなもん知るかよ!!」


「じゃあ、かぐや姫に会わせて下さい。僕、女性には不自由してませんし、あの帝が目をかける女性ですよ?僕ごときが手を出すなんて畏れ多いし、元々手を出しすつもりも無いので。」


「それでも駄目だ!!」


このまま発展性のないやりとりが延々に続くかと思われたが、2人の会話は土方の後ろから聞こえてきた声によって阻まれた。


「あの……沖田様………」


少し高めの、まさに鈴の鳴るようにリンと響く声。
今までの女性たちとは違う、脳裏に直接響き渡るような美しい声に総司は目を凝らしたが、土方の影になって良く見えない。


「かぐや姫?」


「はい。沖田様は先ほど帝に頼まれたとおっしゃいましたよね?沖田様は帝にお会いできるのですか?」


「まあ、一応……」


それならば、お願いしたいことがございます……
そう呟きながら、少女は総司を焦らせるように一歩また一歩と足下から光の下へと進み出る。
そして、遂に全貌が顕れた時、総司は思わず息をのみ、ドクンと心臓が跳ね上がった。



〜第3話へ続く〜




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