僕とかぐや姫
□第1話
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かぐや姫――それは噂好きの都人が最近よく街角で語る噂話。
京の外れのとある竹林の中。
竹を採るのではなく、毎日毎日真剣を片手に手首返し、刃筋を立てて、手の内を締める稽古を日課とする翁がいた。
翁の名は近藤勇。宮中でも信頼の厚い剣術の指南役である。
その翁がいつものように竹林に向かうと、竹の中にまばゆく光る竹があった。
それを見た翁はその竹を手にしていた刀でばっさり切り落とし、中から玉のように美しい赤子を得たという。
その子はわずか3ヶ月足らずで、この世のものとは思えないほど美しく成長し、月の光に浮かび上がる美しさから、いつしか『かぐや姫』と呼ばれるようになった。
かぐや姫の噂は、月日が経つにつれて都中に広まり、当然のように多くの求婚者が現れた。
だが、かぐや姫はどんな相手にも首を縦に振ろうとはしない。
そんな中、それでも諦めきれず、姫の許へと足繁く訪れる身分も容姿も申し分ない5人の貴族に姫は無理難題を課す。
都人たちはその話を聞きつけて、やはり、かぐや姫も身分や権力が欲しかったのか……と少々がっかりし、誰が婿になるのかと囁きあった。
5人の貴族たちはお金と権力、知恵、自分の持てるすべてを利用して、何とかかぐや姫を手に入れようとしたが、結局誰も手に入れることはできなかった。
そのことで人々は、ますますかぐや姫の美貌と賢さ、それに清らかさを褒め讃え、噂はどんどん広まっていった。
そして遂に、噂はこの国の頂点に君臨する帝の耳にも届くこととなった―――
***
外から戻って来たかぐや姫の育ての親、おばあさんこと、土方歳三は渋い顔をしてかぐやの待つ部屋へと入って来た。
その後ろには、帝からの贈り物をかかえた下男たちがぞろぞろと続いている。
「………かぐや、近いうちに正式に帝から使者が来るそうだ。」
「…そう、ですか………」
この時代、帝の寵愛を受けることは女性として最大の栄誉。
その帝から声がかかったということは本来、本人だけでなく家を挙げて大喜びしてもよい程のことなのだが、そう告げられた彼女の声からは、嬉しさなど微塵も感じられない。
むしろ、土方にはその声は暗く陰りを帯びているようにも感じられたが、2人の間にあるついたてのせいで、その表情は伺い知ることができない。
「そっち、行ってもいいか?」
この時代、いくら親と言えども、裳儀を済ませた女性が男性に顔を見せるのにはやはり抵抗がある。
躊躇いがちにおばあさん(土方/男)が尋ねると、どうぞ、といつものように返事が帰ってきた。
許可を得て、土方がついたての向こうに周りこむと、そこに座っていたのは、
それ自体が光輝くように美しく長い黒髪。透き通るように真っ白な肌。澄み切った漆黒の瞳……―――
質素ではあるが、どこか上品な紅を基調とした着物がよく映える、美しさと愛らしさを兼ね備えた少女。
おばあさんとおじいさんが揃いも揃って溺愛する、まさに噂に違わぬかぐや姫こと、千鶴であった。
「どうした?何だか元気無さそうだな……」
先ほどの返事はいつも通りのようだったが、やはり千鶴はどこか元気がない。普段なら、周りを明るくする華のような微笑みに今日はどこか陰がさしている。
彼女は気づいてないのだろうが、実際には今日だけでなく、ここ最近、あの5人の貴族を追い払った頃から、土方は殆ど毎日、彼女に翳りを感じるようになっていた。
「いえ……そんなことは………」
2人の育て方が良かったせいか、馬鹿正直というか、人がいいというか、千鶴は隠し事ができない。
今も誤魔化そうとして、笑おうとしたのだろうが、頬の辺りが引きつって、明らかに無理矢理笑顔を造ろうとしているのがバレバレだった。
「お前は分かりやすいんだよ。すぐ顔に出るからな。ほら、どうした?何かあったんだろう?」
普段は眉間のしわが取れないおばあさんも千鶴の前では、しわがないばかりか、優しい声音で彼女を気遣う。
「いえ、おばあさま。そういうわけではありません。ただ……」
「…ただ?」
「あの、どうしても帝とお会いしなければなりませんか?」
あぁ、それか……と5人の貴族を追い払った時から噂が囁かれていたことを思い出し、土方は苦笑した。
心優しいこの娘のことだ……きっと、俺達を置いていくのが心残りだろう……
俺達は、千鶴さえ幸せなら、それでいいのにな……
「多分無理だろうな。一応、相手はこの国で一番偉いやつだからな。ましてや近藤さんは剣術指南で宮中に出向いているだけで、身分は低い。命令となれば、まず拒否できねぇだろうよ……」
「そう……ですよね………」
「求婚も全て断って、女としての幸せも掴まず、そんなに何かあるのか?俺たちのことなら、気にしなくてもいいんだぞ?」
千鶴が悩む理由と土方が考える理由は異なっている。しかし、土方らしい率直な物言いに彼の心遣いを感じて、千鶴はだだ薄く微笑すると、縁側の月が見える場所に立った。
「今夜は満月ですね……」
次の満月には、もう………
千鶴は思わず口をついて出てきそうになった言葉を必死で飲み込んだ。
闇に支配された空にポツンと浮かぶ丸い月……
蒼白い光が千鶴を包み込むように、美しさを際立たせると同時に、現つとの境界線を曖昧にし、見る者に目を離すとすっと溶けてしまいそうな儚げな印象を与える。
なんだか、このまま消えてしまいそうだ………
土方が千鶴を現つに抱き止せようと手を伸ばした瞬間、月を雲が覆い隠し、辺りからフッと明かりが奪われる。
そして目の前に漆黒の闇が広がった瞬間、今まで全く何の気配も感じられなかった庭の方から、千鶴と土方の耳に突然聞き慣れない、どこか楽しげな声が響いてきた。
「ねぇ、そこにいるのはかぐや姫?」
〜第2話に続く〜