バーテンダーな僕

□そして巡りくる月曜日
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あれから約1ヵ月たった月曜日――


あの事件以来、千鶴は初めて総司のBARを訪れていた。


目の前にあるのは傍から見たら、何の変哲もないただのドア。


何をそんな所で立ち止まっているんだと首を傾げる人もいるかもしれない。


でも、千鶴はそのドアにそっと触れながら、奇跡のような1週間を思い出す。




全てはここから始まった――




このドアの前で、この世界で初めて総司と出会った月曜日。

本当の彼を確かめに、とまどいながらもドアを開けた火曜日。

記憶を取り戻しかけた彼に拒絶され、ドアの前で耳を澄ませた水曜日。

自分と総司の関係に涙が零れた木曜日。

ドアの前で倒れた私を総司さんが介抱してくれたのは金曜日。

泣きそうになりながら、懸命に笑顔をつくった土曜日。

そして、全てを取り戻した日曜日。





まるで嵐のように過ぎ去った1週間だったけど、おかげで全てを取り戻せた。


千鶴は軽く深呼吸をすると、中へと続くドアを開けた。






 ***







「………それにしてもさ、近藤さんには感謝しないと。近藤さんがいろいろ手回ししてくれなかったら、僕は今頃こうして君といられなかったかもしれない。」


「どうしてですか?」


今初めて明かされる話に千鶴は首を傾げた。


「だってさ、実際は僕自身、一応犯罪者みたいなものだしね。」


そういえば……
偽装パスポートとかいろいろ引っ掛かるんだよね……


いろいろなことがありすぎて、すっかり頭から抜け落ちていたことを思い出し、今さらながら、千鶴は近藤に感謝した。


「本当に今、千鶴といられてよかったよ。」


「そうですね。」


2人はお互いに見つめ合いながら微笑んで、そのままどちらともなく黙り込んだ。


記憶を取り戻したあの日から、昔のことを話す機会はあったけれど、お互いに何となく触れないようにしていた最期の記憶―――


こちらを見つめる翠の瞳に、千鶴はその記憶を思い出していた。


総司がコツ、コツと音を立て、千鶴の傍へと回り込む。総司に誘われるように千鶴もイスから立ち上がり、彼を見上げる形になった。


「ねぇ、千鶴。君に聞きたいことがあるんだ。返答次第では君の今後の人生が大きく変わっちゃう大切なこと。」


「……はい。」


総司の瞳を真っ直ぐに見つめ返しながら、千鶴はその先の言葉を待つ。


「昔の君は僕と生きたいって言ってくれたよね。」


「はい。」


1つ1つ確認するかのようにゆっくりと紡がれる言葉に千鶴ははっきりと返事をした。


「でも…今の君は?君の気持ち、正直に聞かせて欲しい。」


総司の瞳は不安定に、微かに揺れていたが、千鶴を捉えて離さない。
そんな彼を安心させるように微笑むと、千鶴は言葉を選びながら、ゆっくりと口を開いた。


「私は……記憶が戻る前から、総司さんが“お兄ちゃん”だった頃からずっと、総司さんのことが好きでした。昔も今も、これからも私には総司さんしかいません。」


「そんなこと言ってほんとにいいの?昔、君をひとりにしてしまった……そんな僕を許してくれるの……?」


「当たり前じゃないですか。」


淀みなく言い切った言葉にようやく安心したのか、総司の瞳が慈しむように優しく細められる。
そのまま指先を絡めるようにして千鶴の手を握りしめると、千鶴が離れていかないように、想いまで重ね合わせるようにそっと唇を重ねた。


「ありがとう。それに、約束する。今度こそ、僕はずっと君のそばにいる。だから君も約束して?『ずっと僕のそばにいる』って……」


総司の言葉は切実な響きをもって、千鶴の心に染み渡る。


「私は、ずっと、ずっと総司さんのそばにいます。」


総司の心に染み込ませるように千鶴もまたゆっくりと言葉を紡いだ。









昔は叶わなかった願い――

だけど、時を越え、再び出会うことができた

今という奇跡を大切な人とずっと一緒に生きていきたい……









薄暗い光が照らす中、混ざり合い、溶け合うカクテルのように、2人は永遠を誓い合った。





バーテンダーな僕 〜END〜





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