バーテンダーな僕

□始まりのうわさ話
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高層ビルが立ち並び
ネオン煌めく表通り


表の光が強いほど、
背後に潜む闇は濃い。


こうこうと照らし出される街中から
1本入った裏通り
大人なホテルに挟まれた
こじんまりしたビルの地下


ここは知る人ぞ知る大人の隠れ家


BAR『誠』



営業時間はマスターの気まぐれ
薄暗いが、小綺麗な店内
ガラス張りのカウンターの前にあるのはただ1席
当然のようにメニューはない。


バーテンダーが客を見て
ただ1杯……その人に合った至高の1杯を出してくれる。


そんなミステリアスなBARであるにも関わらず、


興味本位で探す人
悩みを抱えた迷い人


様々な人がここを探して街を彷徨う……


辿り着くのは一握り
そして、出会いは一度きり。


一度訪ねて来た人に
もう戸が開かれることはない……







「って都市伝説、知ってる?」


今、すごく流行ってるらしいのよ……
そう言って千鶴に耳打ちしてきたのは、会社の同僚であり、親友でもある鈴鹿千姫――あだ名はお千ちゃん。


ここは社内のランチスペース。
ちょうど12時を回ったところで、今が1番混み合う時間帯である。
あまり人に聞かせたくない話なのか、お千は千鶴の隣に座ると、口元を手で覆い、こそこそと話を続けた。


「ううん、聞いたことないよ。」


うわさ話や流行をどこからか1番に入手してくる彼女に対し、千鶴はそういったことに疎い。
しかも、普段、付き合いで飲むことはあるものの、自分からお酒を飲むことはない千鶴にとって、BARのうわさ話なんて、知るはずがなかった。
そんな千鶴の反応に満足気な笑みを浮かべると、お千は殊更明るい声で続けた。


「だよね!!私も金曜に聞いたばかりだもの!!この話って業界じゃよく聞く、有名な話で、それをまねしてるお店も多いらしいのよ。だから、今ではどれが本物か分からりにくいらしいの。だけどね、昨日、君菊から有力な情報を聞いたんだけど……」


お千はそこで言葉を切ると、周りをキョロキョロと見渡して、一層声を潜めて言った。


「ほら、君菊ってキャバクラで働いてるでしょ?それで、常連さんにそういった話に詳しい人がいてね、その人から聞いたらしいんだけど……ほら、隣町に誠友のデパートがある通りがあるじゃない?そこの裏通りにそれらしいお店があるらしくて……
金曜日……というか、土曜の夜?かしら?君菊が帰りに行ってみたんだって!!
そしたら、『月曜開けるかも』って貼り紙があったらしいの。金曜の夜に店を閉めるなんて信じられないでしょう!?しかも、月曜開けるかも……なんて、適当な感じが信憑性高いでしょう?行ってみる価値あると思わない?」


「う…うん。」


お酒が好きなわけでもなく、そういった堅苦しそうな場所が苦手な千鶴にとって、別段興味を引かれる話でもなかったが、目を輝かせるお千を前に、曖昧に返事をする。


月曜日ってことは、お千ちゃん、今日行くのかな?ってことは、残業できないから、報告書手伝ってって話かな?
そんなことを考えていると、突然横からぎゅっと手を掴まれ、お千が目を潤ませてこちらを見つめてきた。


「それでね、お願いがあるんだけど……千鶴ちゃん、そのBARに行って来て欲しいの!!」


「えっ!?」


完全に予想外の言葉に千鶴は目を見開き、慌てて頭を左右に激しく振った。


「無理!!絶対無理だよ!!私、そもそもBARなんて行ったことないし……だから、いきなりそんなBARなんて……」


断ろうとする千鶴の言葉は、お千の勢いに遮られる。


「千鶴ちゃんなら、絶対に大丈夫よ!!本当なら、私か君菊が行こうと思ったんだけど、君菊は今日は常連の芹沢さんが来て、抜けられなくて……私は風間と約束があってだめなの。あいつ、約束断ると面倒なのよ。」


そう言ってはぁ、とため息をつくお千だったが、千鶴が勤める株式会社『ogress』の次期社長候補風間千景は彼女の婚約者である。
口ではそんなことを言いつつも、この2人がラブラブなのは、社内では周知の事実で、千鶴はくすくすと笑みを零す。


「ね?だからお願い!!今日を逃すと次はいつ開くか分からないし……だめ?」


「そう言われても……私、そんな所に行っても何話せばいいか分からないし……」


「話ならあるでしょ?ほら、前に私が恋人つくらないの?って聞いた時、初恋の人が忘れられないって言ってたでしょ?新しい恋をするためにはどうしたらいいですか?って相談してみたら?」


「それは……」


確かにこの前、お千ちゃんにそんなことを言ったような気がする……


千鶴の初恋は8年前――千鶴がまだ中学生の時だった。

初恋の相手は、近所に住む4つ年上の幼なじみのお兄さん。

多分、相手にとってはかわいい妹分といった感じで、相手にもされていなかっただろうが、
挨拶をする時
目が合った時
窓から話かけられた時
けんかした時
何をしても、何をされても、嬉しくて、楽しくて、幸せで、ドキドキして、どうしようもないくらい彼が眩しくて、今思えば恥ずかしいくらいに彼に夢中だった。


しかし、今から8年前。
彼の一家は突然跡形もなく、姿を消した。
彼の父は自殺したのだと父から聞かされたが、彼と彼の母がどこへ行ったのかは一切分からず、借金のカタに殺されたとか、2人とも父親の後を追ったのだ、などよくないうわさばかりが聞こえてきた。しかし、そんなうわさよりもあの頃は、今では何となく分かる大人の事情が理解できず、自分に一言も告げずに彼がいなくなってしまったことがただただ悲しかったのを憶えている。



「でも、別に新しい恋がしたいとも思ってないし……」


「またそんなこと言って!千鶴ちゃん、かわいいし、社内でもかなり人気あるんだから勿体ないのよ!」


ここが混雑したランチスペースであることを忘れ、胸の前で拳をつくり、よく通る声で恥ずかし気もなく言うお千の言葉に千鶴は顔を真っ赤にする。


「そんなことないって……」


そんな千鶴の様子と周囲の視線に気づいお千は肩を竦めると、再び千鶴の耳元でこそこそと話を続けた。


「どっちにしても、初恋の人のこと、悩んでるのは事実でしょ?いいじゃない、行ってみれば。それで、何か発展があるかもしれないのよ?収穫が0でも、マイナスになることはないんだから。だから、お願いっ!行って来てくれない?」


親友であるお千にここまで言われたら、元々人の頼みを断れない性分である千鶴はしぶしぶ頷くと、夜10時過ぎ、BARに行くにはちょっぴり早いかな?と思いつつ、会社を出ると、君菊が描いたという地図を片手にその場所――BAR『誠』へと向かった。




次は『偶然を呼ぶ月曜日』です!
〜月曜日にup予定〜


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