花言葉に想いをよせて

□第2話
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――チュン チュン チュン チュン


都会ではあまり聞くことのない大音量の鳥の声に目を覚ました総司は、身体を濡らすじっとりとした不快な汗に顔をしかめた。


そういえば、昨日、そのままねちゃったんだっけ……


身体を起こし、辺りをきょろきょろと見回して、改めて自分がどこにいるのかを確認すると、暗いため息が口から漏れた。


「とうとう来ちゃったんだなぁ………」


口に出すと余計に現実感が増してくる気がして、総司はキュッと唇を噛むと、まるで現実からも目を逸らすようにまだ見慣れない天井から目を反らした。


父さんに言われたからとはいえ、最終的に頷いたのは僕。
本当に行きたくなかったら、反論だってできたはずだ……
だけど、もうあれ以上、父さんの諦めや失望の入り交じった声に、態度に耐えられなかった……


「こういうのを“逃げた”って言うのかな……?」


落ち込むのは僕の自由だけど、この狭い屋敷と使用人1人という状況だからなぁ……一くんと顔を合わさない訳にはいかないし、いつまでも落ち込んでたら、家の反対もあっただろうに、僕についてきてくれた一くんに申し訳ない。
それに、何よりも誰かに心配されるなんて、もううんざりだ……


まだ昇りきってない朝日がうっすらと射す窓を背に総司はベッドから立ち上がる。
ベタついた身体と放っておくとズルズル引きずられてしまいそうな暗い思考を少しでも振り払おうと、総司はシンと静まり返った廊下を通り、階段を降りると、バスルームへ向かった。


バスルームのドアを開けると、一面ライトグリーンの壁の端にある白い棚に目が留まる。少し古びた部屋の中で、何故かそれだけが真新しく、最近運び込んだことが窺える。
その棚の上に、総司の着替えがきっちりと揃えて置いてあり、思わず笑みが零れた。


「さすが、一くん。僕のことは何でもお見通しってことか。」


一の手際の良さに感心ながら、手早くシャワーを浴びると、総司はきれいな服に手を通した。


「やっぱり、気持ちいいなぁ。」


先ほどよりは“ちょっとはまし”になった総司は、まだ十分には拭けておらず、髪から滴りおちる雫がシャツを濡らしていた。


一くんに見られたら、また怒られそうだ……


『だったら、きちんと拭けばいいだろう』
思った以上にすぐ近くから聞こえてきそうな呆れ半分のため息混じりの声を無視して、総司はそのままタオルを引きずるようにして、洗面所を後にした。


総司が起きてから、結構時間がたったとはいえ、まだ日は昇ったばかり。
薄暗さも手伝って、シンとした廊下に立つと、小学生の頃、いつもと違った場所というだけで、楽しくて、ワクワクして、姉と一と3人で廊下を走り回ったり、使用人にいたずらしたり、朝から晩まで飽きることが無かったのを思い出す。


初日にはしゃぎすぎて、休みの残り半分位は寝込むことになったんだよなぁ……
毎年毎年同じことを繰り返してるのに、全く反省してなくて……
一くんも遊びたいだろうに、いっつも僕の傍にいてくれたっけ……


懐かしく、温かい記憶を辿るように、廊下を1歩1歩歩いていると、突き当たりの窓の端に、青々と茂った庭が映っているのが目に入ってきた。


そういえば……
小学3年生……いや、4年生の時だっけ?
庭に咲いてた花がとても綺麗で、母さんに見せたくて採ろうとしたけど高すぎて採れなくて、枝を曲げてたら『俺の大切な子どもに何してるんだ!?』庭師のお爺さん怒られたなぁ。
でも、正直に謝ったら、ちょっとゴツゴツした手で優しく頭を撫でてくれたんだよね。
あのお爺さん、今も元気かな……?


思い出に誘われるようにして、総司は庭へと続く裏口のドアを開ける。外へ出ると足下からふわりと薫る土の香りと清々しい空気に胸の奥まで満たされて気持ちいい。
深呼吸しながら、見渡せば、人の訪れがない間もずっと手入れが行き届いていたのだろう。
朝日を浴びてキラキラと輝く庭の緑は綺麗に整えられていて、色鮮やかに光っていた。


少し散歩しようかな……?


元々自然が好きな総司は、自分の周りを囲む生き生きとした緑にいつの間にか、今朝だけでなく、ここ最近ずっと引きずり続けていた暗く重たい気分を忘れ去り、久しぶりに心からの笑みを浮かべていた。


しばらくの間、ぼんやりと庭を眺めながら歩いていると、外と繋がる勝手口が開く音と人が入ってくる気配にふわふわと心地良かった気分が現実に引き戻された。


あれ?一くん?
こんなに朝早くから外に行ってたのかな?
近くにコンビニもないし、お店なんて開いてる訳ないし、何しに……?


総司が首を傾げている間に、その人影は庭仕事に使う道具が入った納屋へと入っていった。


ふぅん?僕に気づいてないのかな?


『悪戯したくなっちゃうなぁ……』とクスクス笑みを漏らしながら、そこへ近づいていくと、突然、『あっ…』という声と共に、次から次に上からものが落ちるような音がして、総司は慌ててドアを開いた。


「ちょっ、どうしたの一くん!?だいじょ………」
「痛た………」


うぶ?、という言葉を飲み込んで、総司は目の前の人物に目を見開いた。



〜第3話に続く〜




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