捧げ物

□ほんと、分かりやすいよね
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それは広間での食事を終え、皆にお茶を出していた時のことだった。
近藤さん、土方さん、山南さん………と順番に配っていた千鶴は、背後から聞こえてきた声に手を止めた。


「ねぇ、千鶴ちゃん。今日の午後空いてる?」


せっかくの沖田さんからの誘い。
思わぬ出来事に舞い上がってしまい、空いてますっ!!と反射的に答えてしまいそうになった千鶴は慌てて口を両手で覆った。


断るなんて絶対に嫌だけど、今の私は新選組の皆さんにお世話になってる身。
仕事を放り出して、自分だけいい思いをするなんてだめだよね……

千鶴は目線を宙に向け、今日の予定を思い浮かべた。

えっと……今日は、洗濯物は平隊士の皆さんがやってくれてたし、掃き掃除は朝、終わらせたし、夕餉の当番は斎藤さんと原田さんで………
うん。やることは何もない。


「はい!!空いてます!!何かあるんですか?」


目をキラキラと輝かせ、期待に胸を膨らませている千鶴を見て、総司は満足気に頷くと、にやりと笑みをつくった。


「それはよかった。今日はね、千鶴ちゃんに“ご褒美”あげようと思って。」


「ご褒美、ですか?」


「うん。君、いつも頑張ってるからね。それくらいいいかなって。」


“ご褒美”と言われれば、いいことしか頭に浮かばない。
一体何だろう?と考えるだけで心が弾み、にやけそうになる頬を必死に堪えながら、千鶴は総司の前にちょこんと座った。


本人は上手く隠してるつもりなのかもしれないが、周りから見れば、うれしくて堪らない仔犬がしっぽをブンブンふりながら、ご主人様の前に座っているようにしか見えない。
後ろから見ても分かるくらいだ。千鶴の目の前に座る総司が気づいてないはずがなく、まんざらでも無さそうな笑みを浮かべている。
そんな千鶴と総司を見比べて、周りにいる幹部たちは何とも言えない表情で囁き合った。



「なぁ、左之さん。総司のあの顔、本当に千鶴にご褒美やる気あんのかな?」

「あるわけねぇだろ。ありゃご褒美なんて言って、何するか分かったもんじゃねぇぞ。」

「っつーかさ、あいつ、この間も似たようなこと言われて、結局半泣きにされたの憶えてねぇの?」

「どうして雪村は、手酷い目に遭わされても総司に喜んで近寄って行くのだ?」

いつの間にかこちら側に回ってきた斎藤まで加わっている。

「そりゃあ……なあ?わかるだろ?」

「………?」
「わかんねーよ!!大体、千鶴の目には総司のあの笑顔がどんな風に映ってるんだよ!?」

そう言って、平助の指差す方向を見れば、何か企んでいるとしか思えないような総司の笑顔が3人の目に映る。

「あいつ、絶対に松本先生に診てもらった方がいいって!」

「おいおい……これだからお子様は……ああいうのは、『恋は盲目』って言うんだよ。」

「恋は盲目……だと?恋をすると目が見えなくなるということか?それなら、雪村のことも納得……はっ!?ということは、まさか雪村は総司のことが……」

「はぁっ!?嘘だろ……千鶴が……?」

3人は黙り込んで、千鶴を見つめていたが、舞い上がっている千鶴がそんな視線に気づくはずもなく、総司はそんな皆の反応が面白くて仕方ないといったようにますます笑みを深めながら、話を進めていく。


「ってことで、土方さん。千鶴ちゃん、借りていきますね?ほら、早くおいで。」


「あっ、お、おい…」


「待って下さい!!」


土方の返事も聞かず、席を立つ総司の後ろを声を弾ませ、ぴょんぴょんはねるように追っていく千鶴の後ろ姿に、幹部たちは目を見合わせて、ため息をついた。






 ***







ご褒美と言われたものの、先ほどから何回聞いても『それは後でのお楽しみ』と言って、総司は何も教えてくれない。


でも、こうして非番の日に誘ってもらえて、一緒にいられるだけでも嬉しいのに、その上ご褒美なんて!!
気になるなぁ……ご褒美……


「さっ、着いたよ。」


焦らされてうずうずしながらも、いろいろ想像してとろけそうになる頬を押さえ、見られないように半歩後ろを歩きながら、ちらちらと総司ばかりを見ていた千鶴は、ここで初めて自分が外にいることに気づいた。塀の向こうから子どもたちの楽しげな声が聞こえてくる。


「えっと、ここは……壬生寺、ですか?いつの間に……?」


「いつの間に、って……結構歩いて来たよね?さっき僕の部屋に寄った時も、厨に行った時も、君、上の空みたいだったし。僕といるのが嫌?それとも、具合悪いの?じゃあ、もう帰った方がいいかな?」


いたずらっぽい光を宿して、冗談混じりの声音にも関わらず、千鶴は本気にしたようで、顔色をさっと変えて、ブンブンと頭を振っている。


「ち、違います!!私、何ともありません!!ちょっと考え事をしてただけで……」


「僕といるのに何考えてたの?」


そう言って、じっと覗き込む翡翠の瞳に千鶴はますます真っ赤な顔でたじろいだ。


「えっと、あの………」


「ふうん?まっ、いいけど。」


怒った……のかな?
くるりと自分に背を向けて、スタスタ歩いて行く総司の後ろ姿に、千鶴は何だか泣きたくなったが、お堂の階段に腰掛け千鶴に笑顔で手招きする総司を見て、ほっと胸を撫で下ろした。


「はい、こっちこっち。早くおいでよ。」


ポンポンと自分の隣を叩く総司に誘われ、千鶴が腰を下ろすと、総司は懐から茶色っぽい包みを千鶴に差し出した。
千鶴はそれを受け取ると、恐る恐る持ち上げてみる。


「………?あの、沖田さん、これは……?」


「持ち上げても分からないと思うなぁ。さっ、早く開けてみてよ。」


「いいんですか?」


「いいもなにも千鶴ちゃんのために買ってきたんだから。」


沖田さんが私のために……?
さぁ、早く早くと促され、千鶴は膝の上に包みを乗せると、するすると紐を解く。


「わぁっ」


包みを開くと、中から出てきたのは薄い桜色と白色の小さなお餅。1つ1つが花びらの形にみたててあって、何というか……食べるのがもったいないくらいにかわいい。


「沖田さん、これ……」


どうされたんですか?と呟きながら、うっとりと目を細める千鶴に、総司も自然と頬が弛む。


「かわいいでしょ?それ、今、とっても人気で中々手に入らないんだよ?かなり早くから並んだのに、それが最後の1個だったんだ。そんなことより、早く食べてみてよ。」


朝餉の時にいなかったのは、これを買うためにわざわざ並びに行ってたんだ……なのに、何もしていない私が先にいただくなんて………


「あの……沖田さん、お先にどうぞ。」


「遠慮なんてしなくていいんだよ?これは君へのご褒美なんだから。」


そう言って、こっちを見る総司は見たことが無いくらいの満面の笑みで、顔に熱が集まるのを誤魔化すように包みに手を伸ばした。


「……じゃあ、いただきます。」


やっぱり、かわいい。食べるのがもったいないな……
おそるおそる先を持ち上げて、千鶴が口に運ぼうとした時――


「あっ」


小さく息をのむ声と同時に、摘んでいた皮が破れ、中からたれが飛び出し、千鶴はたれまみれになってしまった。


「くっ……はははっ!君ならやると思ってたよ!これ、みたらし小餅っていってね、中にみたらし団子と同じたれが入ってるんだ。おいしいんだけど、すっごく食べにくいって噂なんだよね。」


「そ、それを早く言って下さい!」


悪戯っぽく光る翠の瞳を恨めしげに見つめる千鶴の前で総司は器用に餅をつまみ上げ、口に運ぶ。
美味しそうに唇を舐める総司を見ながら、千鶴は自分の手についてしまったたれをぺろりと舐めた。


「おいしい……」


けど、何だか悲しい……


「君、指ぺろぺろ舐めてるだけで満足?」


「そういうわけじゃ……」


「しょうがないなぁ。これはね、こうやって全体を優しく掴むようにして持ち上げるんだよ。ほら、僕が食べさせてあげる。」


「えっ!?あ…そんな……」


そんなこと、できるわけないじゃないですか!!
あーん、と口を開けてこちらに餅を差し出す総司に千鶴はとまどって、口をパクパクさせる。


「いいんだよ。今日はご褒美なんだから。はい、あーん。」


「っつ…――」


閉じたままの千鶴の唇を塞ぐようにお餅がくっつけられる。
む、無理です!!というか、何でそんなに平然としていられるんですか!?あーん、だなんて!!前にお茶屋さんで、こ、恋仲の人がしてましたけど、沖田さんと私はそういうまだ関係じゃ……まだ!?別に将来そうなる予定なわけじゃないですけど……でも、嫌なわけじゃなくて、むしろ…きゃー!!違います!!
そんな大混乱に陥っている千鶴の心を見透かしたように、総司の声音が妖しい色を帯びる。


「ほらほら、口開けてよ。このままじゃ、僕の手まで汚れちゃう。」


どうしても食べさせようと、迫る彼に、降参して千鶴はギュッと目を瞑り、口を開けた。
中に入ってくる感触にゆっくり口を閉じると、口の中ではじける甘い蜜とは違う別の感触が伝わってきた。
………?これは、ゆ、び?
驚いて目を開けた瞬間、至近距離で翡翠の瞳と目が合って、千鶴はぱっと顔が朱に染まるのを感じた。


「ふ……ふみまへんっ!!!」


「あーぁ……汚れちゃった。」


そう言いながら、引き抜かれた総司の指は蜜に濡れて光っている。
どうしよう……何か、拭くもの……とキョロキョロ辺りを見回し、慌てる千鶴の前で総司は何のためらいもなく、指を口に運んだ。


「おおお沖田さん!?何してるんですかっ!?」


「何って……汚れちゃったから、きれいにしてるだけだけど?」


何か問題でもあるの?と平然と言う彼を問題大有りです!!と口を開きかけた千鶴が見ると、彼の唇についたたれが目に入る。
別に口付けをしたわけでもないのに、それだけで唇が触れ合ったような気分になって、直視できずに千鶴は総司から目を逸らした。


「っっ〜〜……」


「あれ?どうしたの?」


不意にぐいっと覗き込まれて、千鶴は慌てて身を引こうとするが、総司の手がそれを許さない。


「何で目を逸らすのさ?」


「き、気のせいです!」


「気のせい、ねぇ。ま、いいけど。」


………?
そういえばさっきも……
いつもなら、他の幹部が間に入るまで、千鶴を問い詰めて、問い詰めて、問い詰めて、問い詰める総司が今日はやけにあっさり引き下がる。
何だか、今日はいつもの沖田さんじゃないみたい……
ちらりと彼の方を見やれば、真っ直ぐな翡翠の瞳、すらりと伸びる鼻筋、形のよい唇……
全てが千鶴と同じように夕日に染まり朱色に輝いていた。
そんな千鶴の視線に気づいたのか、総司はふいと顔を背けると、勢いをつけて立ち上がった。


「さっ、千鶴ちゃん。もうすぐ夕餉の時間だし、そろそろ帰ろうか……」


「待ってください!」


そう言って、千鶴の方を振り返らず、どんどん歩いていく総司の袂を掴んで、千鶴は総司をまっすぐ見上げた。


「どうかしたの?」


「あ、あの…今日は嬉しかったです。本当にありがとうございました。」


夕焼けの中でも分かるくらいに、頬を染め、ふわりと笑う千鶴と心からの言葉に、総司はほんのり染まった自分の頬を夕日のせいにするようにくるりと背を向け、頭を掻きながら、呟いた。


「何て言うか、君って、ほんと分かりやすいよね………」


「沖田さん、どうかされたんですか?」


「ううん。何でもないよ。それより、千鶴ちゃん。屯所まで競争しようか?負けた方が勝った方に口付けする、なんてどう?」


「それって……」


どっちが勝っても同じじゃないですか!?
しばらくして、意味を理解した途端、固まってしまった千鶴に遠くから総司の声が聞こえてくる。


「さっきのは冗談だよ。ほら、早く来ないと、君の分のご飯も食べちゃうよー!!」


「ま、待ってください!!」


辺りが夕闇に沈む中、遠いようで近い、近いようで遠い総司の背中を千鶴はまっすぐ追いかけていった。





〜END〜





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