捧げ物

□君的優先順位
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「ねぇ、千鶴ちゃん。」


この子のことが好きだと気づいて名を呼ぶのは一体何度目になるだろう。はじめは綱道さんの娘ということを示すに過ぎなかったその名も、今となっては口にするだけで愛しさが溢れる。
しかし、ありったけの愛情を込めて呼びかけた総司に返ってきたのは、本日何度目になるか分からない、千鶴のため息まじりの声だった。


「何ですか?」


「そろそろ僕と遊んで欲しいんだけど、だめ?」


甘えるような瞳でおねだりする総司に見つめられ、ぐらりとゆらぎそうになる気持ちを追い払うように千鶴は総司から目を逸らした。


「だめです。」


千鶴だってそんなことを言いたくて言っているわけではない……

というのも、先ほどから千鶴は洗濯物を取り込み、1枚1枚丁寧にたたむという作業を繰り返していた。
新選組は大所帯なので、普段から洗濯物はかなり多い。しかも今日は、ここの所雨で出来なかった分も手伝って、まだまだ終わりそうになかった。


そんな千鶴の傍で、手伝う訳でもなく……というよりむしろ、先ほどから千鶴のたたんでいる洗濯物を引っ張ったり、後ろから抱きついてみたりしている総司ははたから見れば邪魔以外の何物でもない。


「まだ終わらないの?」


「沖田さんが手伝ってくれたら、もう少し早く終わりますけど……」


「それは嫌。」


予想通りの返事と頬を膨らませて、ぷいっとそっぽむく総司に千鶴は軽くため息をつく。


「じゃあ、大人しく待っていて下さい。」


「分かった。大人しく待ってればいいんだよね?」


そう言って、何を思ったのか総司はころころと転がって千鶴の膝の上に頭をのせる。


「…っっ!!」


布越しにも伝わってくる彼の体温と微かな息遣いに千鶴は顔がぽっと赤くなるのを感じて、たたみかけの上着で顔を隠しながら必死に口を開いた。


「沖田さん!止めて下さい!!」


そんな千鶴の顔を覗き込もうと総司はころんと寝返りをうつ。
そんな動きもくすぐったくて、千鶴はますます上着を顔に押しつける。


「ちゃんといい子で待ってるのに、どうして?」


「これのどこがいい子なんですか!?ひ、膝枕なんて……集中できません!!」


「どうして?」


理由なんて分かっているはずなのにそれでも言わせようとする総司に意地悪……と心の中で呟き、上着の間からチラリと見やる。
思った以上に近くにある総司の顔を見ると千鶴はただでさえ赤い顔がますます火照るのを感じた。
『沖田さんが近くにいると、胸が苦しくて集中できないんです!』などと言える訳もなく……だからと言って何も言わない訳にはいかず、千鶴は上手く回らない頭で必死で考えた。


「そ……それは……えっと、膝が使えないと洗濯物が上手くたためないからです!!」


――もっと違った理由が聞きたかったのに……


上着で顔を押さえ、もごもごと口籠もる千鶴を見ながら、総司は膝の上でころんと転がると拗ねたように千鶴に背中を向けた。


「ふーん。そうなんだ。どうせ僕は千鶴ちゃんにとってただの邪魔者なんだ。」


「そんなことありません!!」


「そんなこと言って、本当は僕と遊びたくないんでしょ?」


「遊びたいに決まってるじゃないですか!」


彼女らしい素直な言葉と背中越しに伝わってくる必死な様子に総司はころんと千鶴の方に向き直ると、頬を弛め、翡翠の目を子どものように輝かせて千鶴を見上げる。


「じゃあ、遊びに行こう!!」


「それはだめです。」


千鶴の明確な拒否の言葉に総司はむっと唇を尖らせる。


「洗濯物と僕、どっちが大切なの?」


比べる対象がおかしいような……
突拍子もない総司の問いに戸惑ったが、真剣な光を宿す翡翠の瞳を見てとった千鶴は慌てて返事をする。


「そんなの、沖田さんに決まってます!」


総司は千鶴の答えに満足したようににっこりと微笑みながら、千鶴の膝の上でころころと転がった。


「じゃあ、僕を優先してくれる?」


「で、でも、これは私の仕事ですから……」


「そんなの放っておいても誰かがやってくれるって!」


これは千鶴が自発的にやってることで、そう言われてしまえばそうなのが……


「でも、私、ちょっとでも皆さんの役に立ちた…」
「“皆さんの”ってとこが嫌だ。千鶴ちゃんは僕のためにいてくれればいいんだ。」


そう言って千鶴の腰に手を回し、ぎゅっと顔を埋める総司に、千鶴は再び顔を真っ赤に染め声にならない悲鳴を上げた。


「〜〜〜ッ////」


「あっ!いいこと思いついた!!今度から千鶴ちゃんの仕事は僕と遊ぶことにしようよ?それなら僕の役に立ってるし、問題ないよ。」


「そ、それは仕事じゃありません!!」


「どうして?」


「私も嬉しかったら、仕事じゃないじゃないですか……」


千鶴の思わぬ言葉に嬉しさで顔がにやけそうになるのを必死で堪えながら、総司は口端をつり上げる。


「ふうん。千鶴ちゃん、僕と遊ぶの嬉しいんだ?」


今の体勢に動揺して思わず口走った後に、はっと意味に気づいた千鶴が恥ずかしさを誤魔化すように手を洗濯物の方へ伸ばすと、視界の端に倒れていくたたんだばかりの道着の山が目に入る。
「あっ」と小さく呟いてそのまま立ち上がると……


――ゴツンッ


と何やら重たいものが落ちたような音が響くと同時に足元から呻き声が聞こえてきた。


「あー……痛い……」


「すっ、すみません!」


総司の声にようやく何が起こったかを理解した千鶴は慌ててしゃがみこむと総司に触ってもいいのか、そっとしておいた方がいいのか分からず、宙に手を浮かせ、ただただおろおろとしていた。


「いたた……千鶴ちゃんのおかげでたんこぶできたよ……撫でて?」


だだおろおろするしかなかった千鶴は、さっと座ると自分から総司の頭を膝にのせ、そっと撫でる。


「えっと、ここら辺ですか?」


「んー?もっと右。」


「こっちですか?」


「もうちょっと左……いや、そこじゃなくて、多分もっと右。」


撫でているうちに、だんだんと弾んでくる総司の声に千鶴の頭に疑いの心が芽生える。


「あの、沖田さん……本当に痛いんですか?」


総司はころりと寝返りをうつと、千鶴を下から覗き込む形になる。


「千鶴ちゃん、疑うの?僕、床に頭叩きつけられたんだけど。すごい音したでしょ?」


「それは……聞きましたけど……」


「……けど?」


「痛いなら痛そうな顔をして下さい。沖田さん、笑ってるじゃないですか……」


「そりゃそうだよ。だって千鶴ちゃんが自分から膝枕してくれるなんて、初めてなんだもん。」


総司の言葉に改めて今の状態を認識した千鶴は目をぎゅっと瞑って、総司の頭を押し出そうとしたが、それに気づいた総司は千鶴の袴にしがみつきますます顔を埋ようとする。


「もう痛くないなら下りてください!!」


「痛い、痛いよ、千鶴ちゃん。このままだと頭が割れちゃいそう。」


「う……うそです!!」


「どうして千鶴ちゃんが僕のこと分かるの?もしかして、僕のこと好きすぎて、僕が痛いと君も痛い、みたいな?」


「違います!!」


「じゃあ、僕のこと嫌い?」


そう言って、自分を真っ直ぐ見つめてくる翡翠の瞳に千鶴は観念して、総司の頭から手を離した。


「嫌いだなんて……そんなことあるはずないじゃないですか。」


「本当に?君の気持ち、もっと言葉で聞かせて?」


「す、きです……」


「僕も大好きだよ。」


気がつくといつの間にか起き上がっていた総司の顔が目の前に迫っていた。


「千鶴ちゃん」


めいいっぱいの愛を込めて呟けば、


「沖田さん」


先ほどとは違ったうっとりとしたような千鶴の声が返ってくる。



気づけば空はは茜色に染まり、もうすぐ日が暮れようとしているにも関わらず、見つめ合う2人の周りにはまだまだ終わりそうにない大量の洗濯物が残っていた。





〜END〜




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