捧げ物

□陰陽師現る!?
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「ふぅ…今日も暑いなあ……」


じりじりとした肌を刺すような陽射しの下、今や日課となっている掃き掃除の手を止め、千鶴は汗を拭った。


「私も水浴びできたらいいのに……」


千鶴は別に男になりたい、というわけではないが、汗をかいた後、井戸端で着物を脱いで気持ちよさそうに水浴びをする隊士たちを見ると羨ましいなと思う。
しかも、屯所では一応、女であることを隠しているので、皆のように着物を着崩したりもできないので、夏は千鶴にとって辛い季節である。


「今日は汗かいちゃったし、せめて湯浴みさせてもらえるように頼んでみよう!!」


そのためにもまずは掃除を頑張らないと!!
よしっ!と気合いを入れ直し、箒を握る手に力を込めていると、突然後ろから声をかけられた。


「すみません」


「はい、何です……」


そう言いながら、くるりと振り返った千鶴は、声の主を認めた途端、言葉を失った。


今、千鶴の前にいる男は、
年は30,40くらいだろうか……千鶴より頭2つ分くらい背が高く、総髪を首の後ろでまとめ、背中に垂らし、黒い着物に黒い袴。全身黒づくめの妙に目立つなりをしている。
顔は白く、のっぺりしていて、特に特徴があるわけではないが、その双眸は幾分つり上がり、狡猾そうに輝いている。
しかし、何よりも千鶴の目を引いたのは、首からかけてある巨大な数珠の真ん中についている実に精巧な髑髏と額の真ん中に墨で書き付けてある『卍』の文字だった。


あやしいっ!!千鶴は心の中でそう叫びながらも、人を見かけで判断するなんていけない……新選組の人達だって、はじめは怖かったけど、いい人ばかりだものと小さく頭を振り、丁寧に言葉を返した。


「あの、何かご用ですか?」


「ここは新選組の屯所ですね?」


「そうですけど……」


千鶴の言葉に相手は懐から数珠を取出し、目つきを鋭くした。


「やはりそうだ!!遠くからでも分かります!!ここは怨念で満ち溢れている!!それに、まるで、鬼でもいるような邪気を感じます!!」


その鬼気迫る物言いに千鶴はびくりと肩を震わせる。


――鬼って……私のこと!?


そのまま恐る恐る男を見上げるが、彼の目は屯所の方へ向いていて千鶴の方を見てはいなかった。


「…………?」


あまりに長い時間無言で屯所を見上げる彼に怪しげな視線を向けると、男はようやく千鶴の視線に気づいてこちらを向き、がばりと千鶴の両肩を掴んだ。


「あなたは何も感じないから分からないのでしょうが、ここは殺された人びとの無念や怨霊が黒く渦巻いているのです。」


そう言って再び屯所を見上げる男につられて千鶴も屯所を見上げるが、千鶴の目にはじりじりと真夏の太陽に照らされる、いつもと変わらぬ姿しか映らない。


「…………?」


「あなたには見えないから信じられないんでしょう!!しかし!!私が来たからには、もう大丈夫!!万事解決です!!」


「あ、あなたは……?」


「あぁ、申し遅れました。私は陰陽師を生業としているものです。どなたか上役の方の所へ案内してもらえますか?」


――お、陰陽師ッ!?


目の前の男の言葉に千鶴は声にならない悲鳴を上げた。




 ***





「沖田さんっ!沖田さんっ!いらっしゃいますか!?」


そう言って総司の返事を聞く間もなく勢いよく障子戸を開けた千鶴に総司は苦笑する。


「どうしたの?君がそんなに慌てるなんて……」


『まぁそんなに大したことじゃないだろうけどね』と続くはずだった総司の言葉は、千鶴の勢いに掻き消された。


「あのっ、あのっ、今、近藤さんの所にお客さんがきてるんですけどっ……」


近藤という言葉が出た途端、総司の目つきがすっと厳しくなる。近藤がらみで千鶴がこんなに慌てているならば、放っておくことはできない。早く、と急かすような口調で総司は千鶴に言った。


「近藤さんにお客さん?それが、どうかしたの?」


「そ……それが、陰陽師らしいんですッ!!」


「はぁ?陰陽師?」


千鶴の予想外の言葉に一気に脱力した総司だったが、対する千鶴の目は真剣で口元はキュッと結ばれている。


「陰陽師って……妖とか退治する人だよね?そんなの本当にいたんだ。」


総司の言葉にコクコクと凄い勢いで頷く千鶴に総司は苦笑した。


「それで?どうして千鶴ちゃんがそんなに慌ててるわけ?」


心底分からないという目で尋ねてくる総司に千鶴はもどかしさを感じながら、言い募った。


「何でって……忘れてるかもしれませんが、私は鬼です!!一応、妖なんです!!」


「それで?」


「『それで?』じゃないんです!!私、退治されちゃうかもしれないんですよ!?」


「ぷっ……あはは、なんだ。そんなこと?そんなのあるわけ……」


「あるんですっ!!」


目の前の、千鶴が鬼であることを知っていて、唯一このことを打ち明けられる総司がまともにとりあってくれないことと、口に出したら、ますます本当に退治されそうな不安で千鶴は思わず涙ぐんでいた。


「沖田さん、まさか知らないんですか?あのですね、私は小さい頃から父様に言われてたんですけど………『悪いことすると、陰陽師に祓われるぞッ』ってよく言うじゃないですか!!」


突拍子もない千鶴の言葉に総司は思わず吹き出しそうになるが、千鶴の目は真剣そのもので、総司は必死に笑いを堪えた。


――それは……僕達が子どもの頃、『悪い子は鬼に食べられるぞ』とか『悪いことすると、お化けがでるぞ』って言われてたようなものの鬼の家版だと思うんだけど………
それだと千鶴ちゃんが僕を食べるってこと!?ありえないよね……
けど、千鶴ちゃんはまだ信じてるんだろうなぁ。本当、素直……


「それで、その陰陽師は何て言ってたの?」


今だに涙目になっていり千鶴の頭を安心させるようにぽんぽんと撫でながら、総司は優しい声で問いかける。


「まるで鬼でもいるような強い邪気を感じるって……あと、ここは怨念が渦巻いているから、私が解決します!って言ってました……」


「怨念…邪気、ねぇ?僕も妖見えるけどさ、そんなの屯所では全然感じないんだけど……むしろ、京の町中の方が多いくらいじゃない?千鶴ちゃんは?何か感じる?」


「私もここでは何も感じませんけど……でも、陰陽師には特別な力があるのかもしれませんし……」


「ふーん?なんか胡散臭いなぁ。その陰陽師って本物なの?確かめる方法とかないのかな?」


「確かめるも何も、分かった時は私が祓われた時だと思うんですけど………」


そう言って恨みがましい目を向けてくる千鶴を軽くあしらうように総司は話を続ける。


「でもさ、このままじゃ本物かどうか分からないわけでしょ?それに、もし偽物だったらどうするの?新選組に仇なすやつだったら?」


「そ、それは……」


「それが分かるのは千鶴ちゃんしかいないし、みんなの役に立てる好機だよ?だからさ、ちょっと様子見にいこうよ!その方がおもしろそ……じゃなかった、近藤さん1人じゃ、不安だし。」


「今、おもしろそうって聞こえた気が……」


「気のせいだよ。じゃあ、僕は今から近藤さんの部屋に行くから、時機を見計らってお茶、持ってきてね。」


「ちょっと待って下さい!!本当に私、祓われちゃったら、どうするんですか!?」


千鶴の言葉など耳に入らないかのように嬉々として立ち上がる総司に千鶴はますます不安を覚え、総司について行くべきか、それとも自分の部屋に逃げこむか、迷いながらおろおろと総司を見つめる。
すると、いたずらっ子のような目をした総司が千鶴の耳元で囁いた。


「あれ?ひょっとして来ないつもり?来なかったら僕、君のこと間違って斬っちゃうか……」


「行きます!!」


冗談でも殺気を飛ばしてくる総司につい、返事をし、千鶴は勢いよく立ち上がった。


「いい子だね。大丈夫。いざとなったら守ってあげるから。」


よろしくね、と手を振りながら、立ち去る総司をどこまで信用していいのか千鶴は計りかねていたが、とりあえず、こんなことで殺されたら洒落にならない!と厨へと重たい気持ちで、足を運んだ。





 ***





「ひゃっ、百両っ!?」


総司が近藤の部屋に向かっていると、内容はよく分からないものの、近藤の慌てているような、驚いたような声が聞こえてきて、総司に緊張が奔り、自然と足が速まるのを感じた。


「そうです。ここの邪気は本当に強い。並大抵のものでは手に負えません。私くらいの者を雇うとなると、本当なら2倍……いや、3倍はかかりますよ。しかも、放っておくと隊士達の身によくないことが起こるでしょう。ほら、今、体調を崩す隊士が多いとおっしゃられてたでしょう?それもこの邪気が原因です!」


「そうなのですか?」


――土方さんだったら、胡散臭ぇって一蹴しそうだけど、近藤さん、いい人だからなぁ。人を疑うなんてことを知らないし。本物かどうか分からなくても、お金払いそう……


「失礼します。総司です。」


「おお、総司か。ちょうどよかった!入りなさい。」


ちょうどよかった?何がだろう?
近藤の言葉にひっかかりながらも総司は障子戸に手をかけ、中へと入った。
入った途端、総司は近藤と向き合って座る男の奇抜な格好に思わず吹き出してしまった。


「ぶはっ…くくっ……げほっけほっ……」


しかし、近藤の手前、笑う訳にはいかないと、必死に堪えようとしたら、蒸せてしまい、今度は咳が止まらなくなる。
そんな総司を本気で心配した近藤は総司を心配そうな目で見つめながら、背中をさする。


「総司、大丈夫か?また体調が悪いんじゃないのか?」


「ち、違いますって!…けほっ、ちょっと蒸せただけです。」


本気で自分を心配する近藤に苦笑しながら、ようやく落ち着いたところで、総司は腰を下ろし、自称陰陽師にうわべだけ頭を下げた。


「お見苦しい所をお見せして申し訳ありません。1番組組長、沖田総司です。」


「見苦しい所などとんでもない!!それより、先ほど近藤殿が“また”とおっしゃっていましたが、よく体調を崩されるのですか?」


「いえ、そういうわけでは……」


確かに松本先生に労咳と言われてから、よく寝込んではいたけれどそんなことを近藤の前で言うなどできるはずもなく、総司は言葉を濁した。


「総司、正直に言いなさい。最近、よく寝込んでいただろう?
先生、総司は昔から体があまり丈夫ではありませんが、ここの所、特に悪いようで……」


近藤の言葉が間違ってないだけに、苦笑しながら、曖昧に頷いていると、目の前の自称陰陽師がずいと総司の方に乗り出してくる。


「っな……何か?」


総司をまるで品定めするかのように眺める男に嫌悪感を覚えたが、近藤の手前、どうすることもできず、総司がされるがままになっていると、男は突然口を開いた。


「沖田さん、あなた、人を殺したことがありますね?」


「そりゃ、まあ………仕事ですから。」


今さら何だというような突拍子もないことを聞いてくる男に総司は訝しげな目を向ける。


「あなたの後ろには黒いものが渦巻いています。殺された者の怨念が集まっているのです。」


「は?」


「しかも、1人や2人ではない……数えきれないほどに何人もとり憑いています!!」


そう言って懐から数珠を出す男の鬼気迫る態度につられて総司も後ろを見るが、後ろの壁が見えるだけで、怨念など何も見えない。


「……?」


ちょうどその時、外から遠慮がちな千鶴の声が聞こえてきた。




※2ページへ続く
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