捧げ物

□夏祭り!
1ページ/3ページ



「千鶴ちゃん!」


総司の声に千鶴が振り向くと、ちょうど彼が向こうから小走りでやってくるのが見えた。


千鶴に手を振りながらやってくる総司は、紺色に白の細いラインの入った浴衣に黒地の帯――。
普段とはがらりと違う雰囲気に、千鶴は胸が高鳴るのを感じた。


今日は近所の神社の夏祭り。
昨日の夜、総司から電話で誘われ、「千鶴ちゃんの浴衣姿がみたい!」とお願いされた千鶴もまた、タンスの奥に眠っていた母の浴衣をひっぱり出し、着てきたのだが………


「沖田先輩、浴衣どうですか?」


そう言って、くるりと回る千鶴が身に纏っている浴衣は赤の地に、白い牡丹の花柄。帯は白と山吹色のリバーシブルで、髪を結い上げ、簪をつけている。
はじめに見たときは、ちょっと大人っぽすぎるかな?とも思ったが、せっかく総司と夏祭りに行くのだからと少し背伸びしてみたくなって、思い切って着てきたのだ。


しかし、目の前に近づいてくる総司の訝しげな表情に、千鶴は少し泣きそうになっていた。


「そ、そんなに似合いませんか?」


少し潤んだ瞳で自分を見上げてくる千鶴に総司は慌てて答えた。


「ちがうちがう!よく似合ってるよ、千鶴ちゃん。ほんと、かわいい!!かわいいけどさ………」


――けど?


千鶴はようやく総司の視線が自分を通り越してその後ろに向いていることに気づいた。


「なんで君たちがここにいるのさ?」


「よっ!総司!!」


千鶴の後ろにいたのは、平助と斎藤。その後ろには、原田と土方までいる。
明るく振る舞う平助に「何でこいつらがここに……」という顔で、嫌そうな表情をする総司に、千鶴はおずおずと口を開いた。


「そ、それが、昨日電話をもらった時、ちょうど平助くんが家にいて……」


千鶴の言葉に総司の目が一層鋭くなり、千鶴は言葉に詰まった。


「はっ?どうしてあんな時間に平助が千鶴の家にいるのさ?」


「それがさー、昨日うちの家、みんな旅行に行っててさ、千鶴ん家でご飯食べさせてもらってたんだよ。」


「ふーん。」


不機嫌丸出しで自分をにらむ総司のことなど気にならないのか、平助はそのままの調子で続ける。


「それでさー、千鶴に『何の電話?』って聞いたら、総司と夏祭りに行くって言うからさぁ、俺らも行きたくなったんだよ!」


そうだよな!!と後ろを振り返り、平助は3人に同意を求めた。


突然話を振られた斎藤は、ため息をつきながら、相変わらずの無表情で答える。


「俺は平助に突然ここに呼び出されただけで別に来たかったわけではない。」


「俺も平助から連絡がきたから、仕事帰りの通り道だし、ちょっと寄っただけだぜ?」


「俺は偶然原田とそこで会って連れてこられたんだよ。だからもう帰……」


そう言って踵を返す土方の袖を掴むと、平助は必死で言った。


「ちょっとまってくれよ!せっかくみんな揃ったんだから、みんなで楽しもうぜ!!こんな機会滅多にないし!!」


「放せ!!俺は帰って小テストつくんなきゃならねぇんだよ!!」


そのままぎゃあぎゃあと騒ぐ4人を前に、総司はため息をついた。


「もうどうでもいいですから、いい大人がこんな所で騒がないでくれます?さ、千鶴ちゃん。僕たちは行こうか。」


そう言われてようやく周りから遠巻きにされていることに気づいたのか、4人は先ほどよりトーンを落として、総司と千鶴の後ろをついてきた。


「ちょっと、何でついてくるのさ?はっきり言って邪魔なんだけど。僕と千鶴ちゃんの半径100メートル以内に近づかないでくれる?」


「ちょっと待て総司。この神社の参道は約200メートルだ。それはいくらなんでも無理が……」


真面目な斎藤のツッコミは平助によって遮られる。


「はぁ!?何が悲しくて夏祭りに男4人でうろつかなきゃならねぇんだよ!?」


「平助の言う通りだ。せっかくなんだし、ちょっとくらいいいじゃねぇか。」


そう言って再び騒ぎながらついてくる4人に総司は目を手で覆ってため息をついた。




 ***





結局一緒に行動することになった6人は、総司ひとりを除いてお祭り独特の雰囲気に少し心を躍らせながら、屋台の並ぶ参道を歩いていた。


屋台を眺めながら歩いていると、ふいに平助と一緒に先頭を歩いていた千鶴の足が止まった。


「千鶴ちゃん、どうしたの?」


「あの、私ずっとあれをやってみたくて……」


千鶴の指差す方を向けば、『金魚すくい』の文字が目に入る。


「いいよ。一緒にしようか。」


そう言って総司が視線の先に映った千鶴の手を引こうとした時、きゃんきゃんとさわぐ声に横から千鶴の手を奪われた。


「俺俺!!俺がやるっ!
俺さ、金魚すくい得意なんだよ!」


そう言って千鶴を引っ張ってい平助に、手のやり場をなくした総司はぎゅっと拳を握り締めた。




 ***





「平助くん、本当にすごかったね。ありがとう!」


赤い金魚と黒の出目金の入ったビニールをのぞきこみながら千鶴は平助に笑いかけていた。


確かに平助は、言うだけあって、かなり上手かったが……
金魚すくいで、金魚を掬うだけでなく、千鶴にくっついて、一緒にポイをもって……
そんな総司の企みを見事に潰した上に、千鶴と笑い合う平助を総司はにらみつけたが、千鶴に褒められて得意げになっている平助は、総司から発せられる黒いオーラには全く気づいていないようだった。


いや、夏祭りと言えば、まだ他にもいろいろとイベントがある!!
気を取り直した総司はきょろきょろと辺りを見回すと、千鶴の肩をたたいた。


「ねぇ、千鶴ちゃん。次はあれやろうよ。」


千鶴があの背中にチャックのついただらけたクマが大好きなことを知っている総司は、50センチほどの大きなぬいぐるみが景品にある射撃の屋台を指差した。


そのクマのぬいぐるみを見た途端に千鶴の目が輝く。


「千鶴ちゃん、あれ好きだもんね。僕がとって………」
「ん?千鶴、あれが欲しいのか?俺がとってやるよ。」


そう言いながら、横からしゃしゃり出てきたのは、現役の刑事。しかも、凄腕のスナイパー。


そんな原田の存在をすっかり忘れていた総司はしまったと思ったが、時、既に遅し。


ちらちらとこちらを振り返る千鶴の肩を抱き、原田は店主に声をかけていた。


「おやじ、1回頼む。ああ、それと銃は2丁で。」


訝しげな目を向ける店主から射的用のライフル銃を受け取ると、慣れた手つきでコルクをつめ、くるりと回して銃を構える。さすが、というべきか、原田の横顔は真剣で、周りの女性客からは黄色い声があがる。


――パンッ


原田が2丁同時にトリガーを引くと、2発とも狙い通りの所に当たったのか、クマはぐらりと傾き、そのまま床に落ちた。


「ああいったのは倒れないようにしてあるのに、凄いな、左之は……」


総司はそんな斎藤の声を聞き流し、原田にとってもらったぬいぐるみをぎゅっと抱き締めて戻ってくる千鶴とそんな千鶴の頭をぽんぽんと撫でる原田を見ると、むっとしてふいと外を向いた。


すると、総司の視線の先には何故かヒヨコつりの屋台の前でうずくまっている、先ほどまで隣にいたはずの斎藤の姿があった。


一くん、1人で何してるのさ……
ひとりでうずくまっている斎藤を放っておくわけにはいかないと、総司が近寄っていくと、斎藤は何やらぼそぼそと呟いていた。


「なぜ、体がピンクや青なのだ……?ああ、そうか。これが突然変異というものだろうか……」


一くん、千鶴ちゃんが屋台の前でそんなこと言ってたらかわいいけど、男が言ってるとあやしすぎるよ……


目を輝かせている斎藤に総司は苦笑しながら、声をかけた。


「一くん、これはね、色つけてあるんだよ。」


「そうなのか?それはそうと、ひよこが俺に救ってくれと言っている。しかし、こうも数が多くては……総司、どれを連れて帰ればいいのだろうか……」


「一くん。救ってあげてもいいけどさ、これ、全部雄だし、大人になったら、すごく凶暴で手がつけられなくなるよ。それでもいいの?」


「……………すまん。ひよこ……」


それでもまだ名残惜しそうにひよこを見つめる斎藤をはい、こっちこっちと引きずり戻しながら、総司は軽く舌打ちをする。


ああっ……もう!なんで、僕がこんなことしなくちゃならないのさ……本当なら、千鶴ちゃんといちゃいちゃするつもりだったのに!


苛立ちながらようやくみんなのいる場所まで総司が戻ってくると、いつの間に買ったのか、たこ焼きを片手にイカ焼きを食べている平助が尋ねてきた。


「総司、一くん、どこ行ってたのさ?って、あれ?土方さん、一緒じゃねぇの?」


平助の言葉に5人は辺りを見回すが、小さな神社のお祭りであるにも関わらず、結構な人出で、土方の姿は見えない。


「もしかして、はぐれちゃったんじゃない?」


「おいおい、そりゃまずいな。あの人、携帯もってねぇだろ?」


「はぁ!?土方さん、携帯もってねぇの?どこの原始人だよ?」


「平助くん、それは言い過ぎじゃ…きゃあ!!」


言いたい放題言う皆に千鶴が口を開いた時、突然頬に冷たいものが当たり、千鶴は思わず悲鳴を上げた。


「原始人で悪かったな。ほら、千鶴。これ、食べろ。その格好じゃ暑いだろ?」


土方の心遣いにじんときた千鶴は、差し出されたかき氷を一口食べると、土方に満面の笑みを向ける。


「土方さん、ありがとうございます。」


そんな2人を見ていると、千鶴が今日1日、平助や左之さんや土方さんに向けた笑顔はすべて本来ならば、自分に向けられるはずだったのに……と、総司は今までぽつぽつと芽生えていた黒い感情が急激に膨らんでいくのを感じた。


そんな感情をどうしても抑えることができず、気づけば総司は千鶴の手を強引に掴むと、後ろから聞こえる平助たちの言葉など耳に入らないかのように、参道をずんずん歩いていった。



※2ページへ続く
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ