捧げ物

□眠れぬ夜は誰のせい?
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「じゃあ、僕がいない間いい子で待ってるんだよ?」


そう言いながら、自分の頭をぽんぽんと撫でる人物を見上げると、いつも千鶴を惹き付けて止まない翡翠の瞳は日の光に照らされて、悪戯っぽく輝いていた。


「私、子どもじゃありません!」


そう言って頬を膨らませ、ぷいっとそっぽを向く千鶴に総司はくすくすと笑みを零す。


「だって、ちゃんと言っとかないと君、何するか分からないからね。
僕がいない間に、雷が怖いからって、他の人の布団に潜りこんだりしちゃったりしない?」


「そんなこと……」


1ヶ月ほど前の雷が鳴った嵐の夜、でうしても怖くて総司に泣き付いて一緒に寝てもらったことを思い出し、千鶴は顔が赤くなるのを感じた。


「あ…あれは、沖田さんだからです!!他の人にはそんなことしません。」


頬を染めながら、もじもじと言う千鶴を可愛くて堪らないと言ったようにぎゅっと抱き寄せると、総司は千鶴の前に小指をぴんと立てて差し出した。


「じゃあさ、指切りしよう!
僕がいない間、寂しくても、雷が怖くても……あとは…う〜ん……そうだな〜…たとえお化けが出ても、他の人に泣き付いたり、布団に潜りこんだりしませんってね!」


「おっ……お化けですか?」


雷の次にお化けが苦手な千鶴は総司の腕の中でビクリと肩を震わせる。そんな千鶴の反応を楽しむように総司は言葉を続けた。


「あれ?千鶴ちゃん、お化け怖いの?ここは新選組の屯所だよ?今日はじめっとしてるし絶好の幽霊日和って感じじゃない?僕達に恨みを持って化けてでる人だっているかもし……」


「きゃーきゃーきゃー」


千鶴は総司の話が聞こえないように耳を塞ぎ悲鳴を上げた。
そんな千鶴を安心させるように総司は再び千鶴をぎゅっと抱きしめた。


「うそうそ。冗談だよ。
そんなことより、千鶴ちゃん。どうかな、約束してくれる?」


ようやく落ち着きを取り戻した千鶴は真っ直ぐな鳶色の瞳で総司を見つめながら、返事をした。


「わかりました。でも、私だけじゃなくって、沖田さんも約束して下さい。」


「僕も?」


千鶴の切り返しに総司はきょとんとして首を傾げる。


「沖田さんは、任務で怪我したりせずに、元気で帰って来て下さい。」


『浮気しないで下さいね』と言われたら、からかってやろうと思っていた総司は思いもよらなかった千鶴の優しさに、ほんのりと頬を染め、ばつが悪そうに頭を掻いた。


「分かった。僕も元気で、なるべく早く帰れるよう頑張るよ。」


2人はお互いに指を絡めて見つめ合う。


「「指切りげんまん 嘘ついたら針千本の〜ます 指切った」」


そのまま2人はお互いに見つめ合い、微笑んだ。


「じゃあ、そろそろ行かないと。」


総司は勢いをつけて座っていた縁側から立ち上がると、手を振りながら千鶴に背を向け、歩きだした。
そんな総司の背中を見ていると、寂しさが込み上げてきた千鶴は、さっき総司と繋いだ小指をぎゅっと握りしめ、総司の姿が見えなくなるまで見送っていた。





 ***





それから5日ほど過ぎた日の昼過ぎ。
与えられた任務を早々と片付け、屯所へと帰ってきた総司は、迎えに出てきた千鶴を見て驚いた。


蒼ざめた顔で門の柱に寄り掛かるように立っていた千鶴は、何だかこの5日間で急激にやつれたようで、目の周りにはくまができ、心なしか頬もこけたような気がする。
それでも千鶴は笑顔で総司を迎えようとしているのだろうが、覇気が無く、くるくるとよく動く黒めがちの人懐っこい瞳は、ただぼんやりと開かれているだけだった。


「おかえりなさい……」


「ただいま……って、千鶴ちゃん?どこか具合でも悪いの?」


総司は少しうつむきがちの千鶴を覗き込むようにして尋ねたが、千鶴は唇をきゅっと結び、首をふるふると左右に振るだけだった。
そんな千鶴を見かねた平助が横から口を出した。


「千鶴、2,3日前から変なんだよ。俺達が何言っても『何でもない』って言って、理由話したがらねえし。総司、また何かしたんじゃねぇの?」


「僕は5日前からいなかったんだよ?いもしない僕がどうやって何をするって言うのさ。」


「それもそうだな……」


千鶴が何を隠しているのかは分からなかったが、頑なに理由を話そうとしなかったことには心当たりがあった総司は、平助を軽くあしらうと千鶴の耳元で囁いた。


「何があったか分からないけど、『約束』、守ってくれてたんでしょ?土方さんに報告に行った後、君の部屋に行くから、部屋で待ってて。」


「はい……」


そうは言ったものの、消え入りそうな声で返事をし、ふらふらと歩いていく千鶴を心配し、総司が後をついていくと、案の定、千鶴は廊下で倒れ、総司に担がれて、部屋に戻ることになってしまった。



……―それから約一刻


ようやく土方さんに報告を終えた総司が廊下に出ると、辺りは茜色に染まり始めていた。


――それにしても、今日の土方さん。何であんなに機嫌が悪かったんだろう……目の下に凄いくまができてたから、寝不足なんだろうけど、いい大人が人にあたらないでほしいな。


報告自体はそんなに時間がかからなかったにも関わらず、出張の前にしかけていた悪戯や反省の色が見えないなどを指摘され、長々と説教を受けるはめになった総司は深くため息をついた。


「はぁ……早く千鶴ちゃんの所に行きたかったのにさ……」


ぶつぶつと不満を言いながら、ようやく千鶴の部屋の前に来ると、深呼吸をして、気持ちを切り替えた。


「千鶴ちゃん。起きてる?」


「はい。」


総司は先ほどよりは少し元気になった千鶴の声にほっとすると、障子戸に手を伸ばした。
中に入ると、今まで横になっていたらしい千鶴が身体を起こそうとしていた。


「沖田さん……」


「無理に起きなくていいよ。」


そう言って総司は千鶴の背中に手を回し、そっと横たえると、上まで衾を引き上げてやった。


「ありがとうございます。」


「どういたしまして。それより、僕がいない間に一体何があったのさ?君が何も話さないから皆心配してたよ?」


「すみません……」


横になったまま、目を伏せ、蚊のなくような声で詫びる千鶴の額に手を当てると、熱いどころかむしろ冷たいくらいだった。


「熱はないみたいだけど……」


額に置いた手をすっと動かし、安心させるように頭を撫でると、千鶴の目にみるみる涙が溜まってきた。
そして、ゆっくり身体を起こすと、今まで我慢していた分の涙が溢れ、千鶴は隣に座る総司の胸に顔を埋め、泣きじゃくった。



 ***
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