◆暁ファミリー話◆

□その6:BEST ONE
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何も気に病む事はない。
飛段の妙な性癖に付き合わされる事こそあれど、秘め事はない。

しかし。

飛段はたまに誘うような言動をとる事があり、それはその気のない角都でも惹かれてしまう程に魅力的なのだ。
トビが角都に見えている飛段は、きっといつも自分にしてくるように甘えていくに違いない。トビには心に決めた連れがいる事を重々承知してはいるのだが、角都は不安を覚えずにはいられなかった。




自室に戻ろうと階段を上がる角都の眼に飛び込んできたのは、扉の前で膝を抱えてうずくまっている白ゼツの姿だった。
近づいてくる角都の気配に気づき、ゼツはゆっくり顔をあげると角都に不安そうな瞳を向けた。
「角都・・・」
「黒はどうした?」
「部屋で寝てる・・・」
ゼツは視線を逸らして俯いた。
“何故ここにいる?”
などという問いかけは愚問だろう。角都と同じく、いやおそらくもっと大きな不安を感じて眠れないに違いなかった。
“俺がしっかりせねばどうする・・・全くいい歳して情けない・・・”
角都は小さく溜め息をついて、ゼツの頭をくしゃくしゃ撫で、声をかけた。
「宿泊先であいつと食おうと思っていた饅頭が用無しになってしまったんだが・・・一緒に食うか?」
ゼツは不安げな顔のまま、こくりと頷いた。



仕事中にすぐ休憩がとれるよう、角都の部屋にはポットにお茶、湯呑などが常備されている。自室で茶をいれながら、角都は冷静に状況を考えた。
“万が一、飛段がトビに抱きついてあれこれしたとしてもだ、それは俺に対して行った事・・・眼の前にいるのがトビなら絶対に何もしない。かなり癪だが飛段に非は無い・・・けして浮気では無い・・・しかし・・・ゼツからすれば完全に浮気・・・あいつの方が辛いはずだ。俺が励ましてやらねば・・・”
角都は自分に言い聞かせるように頷き、サイドテーブルに饅頭と茶を用意した。
ゼツは角都を待つ間ベッドの上で膝を抱え、窓の外をぼんやり眺めていた。
「茶が入ったぞ」
そう声をかけて、ゼツに眼をやった角都は呆れを含んだ声をあげた。
「ゼツ、お前・・・服くらい着てこい」
口にしてから、どこぞの馬鹿にもよく同じ事を言っているな、と角都は失笑した。ゼツはそんな角都に少し怪訝そうな眼を向けたが、特に気にしたようでもなくサラリと言い返した。
「だって寝るときは服着ないから・・・それに、見慣れてるでしょ、この姿」
言い分がまた飛段とよく似ていて角都は思わず笑い声を立てた。
「何?」
「いや、気にするな。さあ、食うか。今日はいい満月が出ているな。月見にもってこいだ」
笑われた事に気を悪くし、片方しか無い眉をぎゅっと寄せたゼツをなだめるように優しい笑みを向け、角都は部屋の灯りをトーンダウンした。
薄暗くなった部屋に差し込んだ月の光が、ゼツの滑らかな白い肌をより美しく照らし出す。それはまるで、一夜に咲き一夜で散る、儚く壮麗な月下美人を見ているようで・・・
角都は、トビが何故この異形の者を溺愛しているのか少し理解できたように思え、一人納得して茶をすすったのだった。



ペロリと饅頭を平らげ緑茶をすすると、ゼツはほぅっと溜め息を落とし、窓の外を眺めた。月を堪能しているというよりは、心ここにあらず、と言った雰囲気である。
角都はゼツの横に腰をおろし、饅頭を頬張りながらその様子を眺めていた。
飛段と背丈のあまり変わらないゼツは目線の高さも飛段と同じで、角都は妙な感覚を覚えた。似て似つかない飛段の姿がゼツと重なり、思わず目線を逸らす。
「何を考えているんだ・・・俺は」
心で呟いたつもりが、声は外にだだ漏れで、ゼツは小首を傾げて角都の顔を覗き込んだ。
「どうしたの、角都?」
「い、いや、何でもない」
角都は慌てたように湯呑みを掴み、半分ほど入っていたお茶をぐいっと飲み干した。そして、心を落ち着かせるように一つ大きな溜め息をつくと、ゼツの方に向き直り、薄い笑みを浮かべた。
「美味かっただろう?」
ゼツは素直にこくりと頷いた。
「うん・・・ご馳走様・・・」
励ましてやらねば。角都はそう自分に言い聞かせ、口を開いた。
「ゼツ・・・大丈夫だ。何も心配いらんさ。飛段の事だ、トビと知らずに抱きついたり・・・状況によってはSMプレイまがいの事を要求するかもしれんが・・・」
「知ってるよ!!僕、いつも見てるから・・・」
ゼツは角都の言葉を遮るように叫び、しゅんと俯いて肩を震わせた。
滅多に声を荒げないゼツの怒りを含んだ叫びに角都は一瞬驚き、頭を撫でていた手をピタリと止めたが、するりと顔を撫で顎を掴むと無理矢理、上を向かせた。
見上げてきた金色の瞳には、大粒の涙が溢れていた。
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