小説

□生温い毒薬
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初めて目が合った瞬間確信した。
俺はこいつに出逢い仕えそして死ぬために生まれてきたのだと。
大袈裟だと笑われるかもしれない。
それでも俺の体内の何かが熱く訴えかけてきたのだ。
お前の生も死もこの男の掌の中にあると・・・。


関東は早くも梅雨入りを迎えた。
例年よりも2カ月も早いとかでニュースでは連日この話題で持ちきりだ。
「圭真どう思うよ。この異常気象」
「・・・・」
俺の肩に頭をもたげている相方から返答はない。
「でも俺は結構雨って好きなんだよな」
曇った空と隣で眠る長い睫毛を交互に眺めた。
「こりゃまた午後はサボりだな」

「んっ・・・」
「起きたか?」
「奏弥?うん。起きた」
眠たげに目を擦りながらお姫様が起床した。
「何時?」
「17時30分でございますよ」
今にも降り出しそうな機嫌の悪さを主張している空はまるで真夜中のように暗い。
「夢を見たんだ」
まるでまだ続きを見ているかのように呟いた。
「海の底にいて水面がキラキラ輝いて綺麗だった」
特に相槌を求めているようではないので俺は黙って聞いていた。
「すごく綺麗で捕ろうとして手を伸ばしたけどあと一歩のところで届かないんだ」
「誰の記憶かわかるか?」
圭真は少し考える素振りを見せたが首を横に振った。
「顔が見えなかった」
「そうか」
よく考えればわかることだ。
圭真が今の今までもたれかかっていたのは俺なのだから。
「でもすごく心地よかった」
まどろみの中にいるように目を閉じ先ほどの映像を反芻している。
「奏弥の側にいる時みたいだった」
「・・・そうか」
殺し文句と気づかずにさらりと言ってのけるとあくびをかみ殺し立ち上がった。
「行こう」
差し出された手を素直に握り返すと満足気な微笑みを湛えた。

家に帰るといつもの光景が広がっていた。
「お兄ちゃん聞いてよ!」
5歳になったばかりの妹の依頼が頬を膨らませながら駆け寄ってきた。
最近口が達者になってきて困る。
「哲がいよりのお菓子食べたの」
「どこにお前のだっていう証拠があるんだよ。見せてみろよな」
小学3年にもなって依頼と同レベルで口喧嘩をする弟の哲志。
「哲、またそうやって妹をいじめてるのか?」
「ひでぇな奏兄!言いがかりだよ」
「違うもん本当だもん」
とりあえず哲志の頭に拳骨を一度おみまいしてやった。

何が悲しくてこの年で子育てまがいのことをしなければいけないのかと、最近痛切に感じている。
「奏ちゃん帰ってきたのね。お帰りなさい」
よく姉に間違えられるが俺は佐ヶ原家の長男坊だ。
なので今目の前にいる若くて綺麗な女の人は俺の母親ということになる。
「ただいま」
「いらっしゃい圭ちゃん」
「お邪魔します」
さっきから俺の後ろで黙りこくってうとうととしていた圭真は母に半ば条件反射のように返事をした。
これもいつものやりとりだ。

階段を上り正面の扉を開けると
そこが俺の部屋だ。
「瑠璃さん相変わらず若いな」
「来る度言うなよ」
お気に入りのクマのぬいぐるみを抱き締めながら圭真が寝言のように呟いた。
まぁ確かに母は年も若けりゃ見た目も若い。
「いつまでも綺麗っていうのは良いことだよ」
「それはそうだけど」
お年頃の男の子にとってあまりに若い母親は少し恥ずかしいものだ。
まぁ自慢といえば自慢だが。
「・・・」
「眠いのか?」
焦点の合わない瞳で圭真が窓の外を眺めている。
降りそうで降らない空がさきほどと同じ表情で俺たちを見下ろしている。
「何時間寝ても寝たりないんだ」
瞼を擦りながら圭真が俺の肩に頭をもたげた。
「何か変な病気なのかな?」
「万年眠たい病ってやつだなきっと」
2、3回瞬きをすると深い眠りを望むように目を閉じた。
頬にかかっている色素の薄い髪を指先で弄んだ。
「圭真、風邪引くぞ?」
「・・・」
長い睫毛を伏せたまま静かな寝息が聞こえてきた。
軽すぎる体を抱き上げると甘えるように身を寄せてきた。
「あんまり無警戒だと襲うぞ」
重量感のない塊をゆっくりと横たえると温もりを求めてか不満気な吐息がこぼれた。
「今どんな映像を見てるんだ?」
同じ光景を分かち合いたいと額同士を合わせてみたが彼の見ているであろう映像は流れてこなかった。
残念な気もしたがおそらくそれが当たり前なのだろう。
「いつかお前の見ているものを俺にも見せてくれよ。」
彼の見ている映像を他人が見ることは決してできない。
彼に与えられた力は誰かと共有する為のものではなく一人で苦しみ傷つかなければならないものだからだ。          
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