嘘月(短編集)

□66億分の1の奇跡
1ページ/1ページ



神様、どうか。彼の隣で微笑んでいられる未来を、あたしに下さい。


66億分の1の奇跡


ぶらん、ぶらん。
勢いよくこぐわけでもなく、座るようにブランコに乗って前後に小さく揺れている女がいた。誰もいない公園で。当たり前だ。今は深夜だ。こんな時間に遊ぶ子供はいない。
不意に地面を見ていた女が顔を上げた。そして儚げな顔をこっちに向ける。


「あんた、あたしが見えるの?」
「いや、お前こそ俺が見えんのか?」
「見えるから話しかけてるんだけど、」


女は死んでいた。何があって死んだのかなんてわからねぇが、女は幽霊だった。だから死神の姿の俺が見えた。


「あんたさ、何してんの?こんな時間にそんな恰好で。コスプレ?」
「んなわけあるか。死神だ、死神!制服みたいなもんなんだよ、これ。変な勘違いすんな」
「死神?嗚呼、やっぱりあたし死んでんだね」


息が詰まった。
それに何と答えればいい。無神経に嗚呼、お前死んでんぞ、ってか?言える雰囲気じゃない。女が余りにも悲しそうに言うもんだから。


「可笑しいとは思ってたんだよ。誰に話しかけても、まるで見えてないみたいに素通りしてくしさ。一瞬、街ぐるみであたしのイジメでも始めたのかと思ったんけど。鏡見てさ。自分の顔が映らなかったんだよね。そん時に始めて、あれ?ってなったわけ」

やっぱり死んじゃってるだね、あたし。あんたの顔にそう書いてあるよ。そう言って苦笑する女は寂しそうに地面を蹴った。ブランコが揺れる。


「いつ死んじゃったんだろ?全然気づかなかった。じゃあさ、今あたし、俗に言う幽霊なんだよね?何か心残りでもあったのかなぁ」
「だろうな。じゃなきゃ、とっくに尸魂界に逝ってる」
「そぅるそさぇてぃ?」
「尸魂界。天国みたいな所だ。そんないいもんじゃないらしいけどな」
「何それ。そんなの聞いたら成仏しにくいじゃん」


そう言って女は、うっすら涙を浮かべて笑った。 自分が死んでいると確信してしまった事実に心を押し潰されないように。
何度も何度も地面を蹴ってブランコを揺らした。

「何だろうね、あたしの心残り……」
「さぁな。俺に分かるわけがねぇし」
「だよね。あたしにわかんないのに、あんたに分かったらびっくりだよ。エスパーですか?ってなるよ」


そう言って勢いよくブランコを揺らし続ける女は空を見上げた。髪が勢いよく風に攫われている。不意に「あ、」と何か見つけたように零した女は、何を血迷ったのか飛んだ。勢いよく揺れ続けているブランコから。飛んだのだ。地面めがけて。空中で二回転して両手を空に向かってピシッと伸ばせるわけもなく地面に見事なまでに転けた。砂煙を撒き散らして。


「何で!幽霊なのに、転けるの?!今、足ぐにゃってなったよ!」


と大声で叫ぶ女は砂まみれになった体をむくっ、と起こして服を叩く。失態を晒してしまった事を恥じるように、ほんのり頬を染めて。


「思い出したっていうか、思ったんだけど、」
「何が?」
「心残り。あたしさ、恋した事ないんだよね」
「ああ」
「きっと恋も知らずに死んだから死んでも死にきれなかったんだよ。恋する乙女っていうぐらいだしさ」
「ちげーだろ。絶対」
「いや、絶対そう!だから恋してみようと思う」
「誰と?お前今、幽霊なんだぞ」
「そう、そこよ。人間に今のあたしが見えないわけよ。でもさ、今、目の前にあたしが見えるあんたがいるじゃん。だから、あたしあんたに恋してみる」


…………。
恋してみる!って両腕腰にあてて断言されても………厄介事は勘弁だ。


「そうか。頑張れよ」


一言。そう吐き捨てて踵を返す。帰宅しようと進むが、後ろから襟元をガシっ、と捕まれて阻止される。


「痛ぇーつうの!恋すんのは、お前の勝手だ!好きにしろ。だけど俺を巻き込むな。忙しいんだ」
「いいじゃない。ここで会ったのも何かの縁。少し付き合って。ね?お願い」
「いやだ。俺はそんなに暇じゃねぇんだ。」
「ケチ。いいじゃん少しぐらい。そんなんじゃ、男が廃るわよ」
「ほっとけ。俺は帰る。他あたれ」
「無理。あんたじゃなきゃ嫌。だからさー」
「いやだっつってんだろ。そんなに成仏したいんだったら魂葬してやるよ」
「魂葬?何それ?」
「成仏させる事、みたいなもんだ。」
「どーやってすんの?それ」
「この刀の柄をお前の額にあてるだけだ。簡単だし、痛みもねぇ」
「却下。恋ぐらいしてから死にたいもん」

ああ、もう死んじゃってるんだったと笑う女に頭を抱える。 関わるんじゃなかったと。憂鬱に思いながら重たい息を吐く。


「1日だけだぞ。それ以上はねぇからな」
「ありがとうー。1日で恋、出来んのか分かんないけど頑張る!」




ってわけで翌日。午前11時。昨日の公園に訪れてみれば女がおめかしして待っていた。昨日と服がどう見ても変わってる。

「てめー。それ、どうした?」
「ん?何が?」
「服だ!服!昨日と変わってんじゃねぇか。普通、幽霊は死んだ時の服から変わらねぇんだよ」
「交換した。昨日あんたが帰ってから可愛い服来てるお仲間さん見つけてね。お願いして交換してもらったの。可愛いでしょ」
とクルクル回って見せつけてくるコイツに頭に手をやりため息を零す。強奪したに違いない。

「あんたこそ服変わってんじゃん。昨日の黒いのどうしたの?」
「俺は人間だから服着替えんのは当たり前だろ」
「はいはい。どうせ、あたしは死んじゃってますよー。昨日は死神だっつったり今日は人間だって言ったり忙しい奴。」
「だから忙しいつったろ。昼間っから体置いとくわけにいかないからな。」
「?」
「こっちの話だ。で、どこ行くんだ?」
「どこ行こうね。」
「誘っといて考えてねーのかよ」
「デートで行くような所連れててって」
「デートって俺達付き合ってねぇし」
「細かい事は気にしなーい。さ、行こっか!あたし観覧車乗りたい」


はちゃめちゃなコイツに振り回されまくりの俺の1日は、はっきり言おう。最悪だった。人混みは嫌いだと言う俺の意見を無視して人混みに突っ込んで行くわ。一般人からあいつの姿が見えないから小声で話してたら声が小さいと文句をつけられ「仕方ねぇだろ!」と叫んでしまい周りから変人の眼差しを浴びせられ、服を見たいとこれまたもう、着る機会もねえのに女物の服屋に入りやがって女店員に「彼女にプレゼントですか?」と俺が声をかけられる始末。恥ずかしいったらねえ。 ゲームセンターのぬいぐるみが欲しいとねだられ取ってやったはいいが、あいつに持たせる事は出来ない。何故ならぬいぐるみだけが空中で浮いているように見えるからだ。 捨てるわけにもいかず俺が持つはめに。本当、最悪だ。端から見ればぬいぐるみ片手にブツブツ喋ってる可笑しな奴に見らてるわけだからな。それを最高だっていう奴は世界中を探してもいないだろ。 結局その後も色々あったが、最後に観覧車に乗る事になった。チケット2枚購入すれば「律儀だねぇ。どうせ周りにあたしの事見えない
のに」と感心するあいつの声を無視して店員にチケットを渡せば笑われ
た。どうやら俺が持つぬいぐるみと俺の分で2人分のチケットと勘違いしたらしい。恥ずかしい事この上ない。本当、最悪だ。


「拗ねない、拗ねない。そういう事もあるさ」
「全部お前のせいだろ!今日だけで俺、どんだけ冷たい目で見られたと思ってんだ!」
「悪かったよ。」
「全然詫びてねぇだろ。お前」


狭い空間に橙色の光が右から差し込んでいた。
空気は澄み、まっすぐな陽光が眩しかった。それを見つめるあいつの横顔は真剣だった。まるで最後だから、目に焼き付けおこうとするかのように。


俺達の乗る観覧車は、ゆっくりゆっくり上昇し続ける。


「楽しかった。」
「そうか。」
「うん。楽しかった。こんなに笑ったのは久しぶりな気がする。」


そう言って空を見続けるあいつは最初と会った時と同じく儚げだった。
沈黙。
俺は風景を楽しむわけでもなく前ばかり見ていた。彼女ばかり見ていた。ゲームセンターで取ったぬいぐるみを膝に乗せて頭を撫でつつ外を傍観するコイツばかりを。
不意に、もうすぐ頂上に到着する所で沈黙は破られた。

「ねぇ。あたしさ、今まで恋した事なかったって言ったじゃない?生きてた時はさ、そんな下らない事に振り回されてたまるか!って思ってた。女の子同士でいがみ合ったり自分の気持ち相手に押し付けたりしててさ馬鹿馬鹿しい物に見えてた。でもさ、いいもんだね。こう、ドキドキしてさ。一緒にいるだけで楽しく思えるってゆうのかな」


クスっと、笑って外を見る。
また空は色を変えていた。赤紫色に。


「でも、ちょっと痛い。もっと早く、あたしが生きてた時に一護に会えてれば良かった、なんて思ってる。もう、手遅れなのにね……。恋、出来たよ。あたしもさ、いっちょ前に。もしかしたら、恋しようって必死だったから、勘違いかも知れないけど。この気持ちは“好き”だと思うから。嫌々付き合ってくれて、ありがとう。―――向こうで待ってる。」


おい!と手を伸ばしたが目の前にいる筈のあいつはいなかった。掴めなかった。床にころん、と転がり落ちたぬいぐるみを拾い上げる。


「欲しいって言っときながら、置いて逝くのかよ、」


顔をしかめる。堪らなく泣きたくなった。
そのまま1人の空間で下り始めた観覧車の窓から外を見る。時より、ぬいぐるみが涙で濡れた。



(お前に伝えたい『言葉』があるのに、もうお前はここにいない。)(俺も好きだったかも知れない。)




Thanks !
UP 20080430


▼相互記念作品
比翼様のみ、お持ち帰りOKです。
相互ありがとうございます。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ