嘘月(短編集)

□白々しい嘘を撒く女
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この頃まだ俺は死神代行でもなく、ただの学生でただの不良だった。
喧嘩で怪我をして、たまたま病院で見てもらう事になった。
大した傷でもなかったから病院で見てもらう必要なんかねえのに周りが騒ぎ立てて大事になっちまった。


その病院の帰り俺は、女と出会った。

帰りといっても、まだ病院の敷地内で俺家と違って大きい病院であるここは建物もしっかりしてて広い庭まで付いている。
木々や草が沢山生えて整えられている。
その中の一つの木の下に微かな木漏れ日を浴びている女。
そこにアイツはいた。
何をする訳でもなく空を眺める女は、俺とそれ程年は変わらないように見えた。
長い茶色い髪は、綺麗に整えられていて顔も整っていた。肌白い女の腕や足が服の袖から見える。
患者らしい肌白さだった。
女は、この病院の患者だと一目で分かる。
女は、車椅子に乗っていたからだ。
見とれるように女を眺めていると、目が合った。直ぐに目線を逸らし出口へと歩きだした。

 「待ちなよ。」

女が声を発した。
それは、他の誰でもなく俺へ向けられた物だった。俺は、立ち止まり女の方へと顔を向ける。女は、微笑み言った。


 「随分、可哀想な目で僕を見るんだね。」


俺は、唾を飲んだ。
否定出来ない。車椅子に乗っているからという理由で無意識に可哀想な子というイメージを作った事は事実だ。
人を見かけで判断しないといいながら実際はこの有り様だ。俺も他の奴らと対して変わりねぇな。
女は、微笑む。怒るでもなく笑うのだ。

「僕は、可哀想じゃない。むしろ幸せ者だ」
 「そうかよ」

何だか妙に気まずくて女から視線を逸らし歩き出した。病院の敷地から出る為に。何だか申し訳ない気持ちだった。

 「待ちなよ。良かったら喋り相手になってくれないか?」
 「は?」

 俺は歩むを止め、また女を見た。
 女は、微笑む。
 風が女の髪を揺らす。
 木々が揺れる。
 俺は、躊躇った。
 だが女が駄目かい?と俺に悲しそうに笑うもんだから俺は仕方なく女の方に歩き出した。用があるわけでもなかったからだ。
 それを見て女は、微笑んだ。

 「ありがとう」
 「別に。用事ねぇから」
 「嬉しいよ」

 女は笑う。
 俺は、そんな女を見下ろす。
 車椅子に乗る女と俺の高さは違うからだ。余り直視出来なかった。どんな風に見ればいいのか分からなかった。先程の事があったから余計に。

 「その、さっきはすまねえ。そんなつもりで見たつもりは、なかったんだ」
 「いいよ、慣れてる。だけどね、君、人と話す時は、人の顔を見るものだよ」

 クスクスと笑う彼女。
 俺が女の顔を見れば幸せそうに微笑む女の顔があった。
 夕方の空が赤く染まっていて、道も赤く染まっている。
 俺らの影が長く伸びている。

 「どんな風に見ればいいか分からないという顔をしてるね。」
 「そんな事、」
 「あるよ。いいんだよ。僕は歩けない。それは当たり前の事さ。だって僕は、人魚だから」
 「え?いや、あの、は?」

 今何て言った?
 人魚?聞き間違いだろう?
 でも確かにそう聞こえたような……。

「驚いた顔してるね。だけどそれが普通の反応さ。きっと君は今、僕の事を頭が可笑しい奴だと思ってるんだろうけど、それは違う。僕は、正常さ。それを証明する事が僕には出来る。足の治療はしてるけど、頭の治療をしていないからさ。素晴らしい証拠だね。」
「そうかよ」
「そうだよ。」

 自慢気に俺を見る女の口元は、上がっていた。
夕方に染まる病院の敷地に女は目線を移し、散歩をしたいんだけど、押してもらえないかな?と俺に言う。
俺は、了承し女の後ろに回り車椅子のグリップを握りゆっくり押す。
病院の広いようで狭い敷地をゆっくり道にそって女と歩いた。

 「信じてないだろう?」

 女が俺を見上げながら言った。
 俺は、笑った。
 信じれる話しじゃない。

 「足がついてる」
 「そうだね。僕には人間の足がついてる。魔女にお願いしたんだよ。足をくれってね。地に上がる時、人魚の尾がついたままだと不便だ。まず、歩けない。それに人間に捕まって実験室に閉じ込められるのが落ちさ。死んだらきっと珍しい物だと、どこかに展示される。そんなの御免だ。」
 「変わった奴だな」

 俺は笑い女の車椅子を押す。
 夕日に染まる空を眺めながら。
 女は、ムッとした顔を俺に見せる。それを見て俺は笑った。

「頭が可笑しいと思ってるんだろう?本当の事なのに」
「思ってねえよ。変わってるなって思うだけで」
「同じじゃないか」
「違う。」
「まあ、変わってて仕方ないさ、だって僕は人間じゃない。人魚だからね」

 そう言って前を見る女は、笑っていた。よく笑う奴だと思った。最初に女が言った、僕は幸せ者さというのを証明するようによく笑う。

 「てか、足が欲しくて人間になったんじゃないのかよ?なのに、何で……その、」

 俺は、思った事を口にした。
 だが最後の方は、女に悪く思って濁した。
 女の足は、動かない。
 それは、きっと気にしてると思ったからだ。

 「少し信じてきたかい?」
 「さあな」
 「まあ、いいさ。君の質問に答えるよ。今、君と喋ってる。それが答だ。」
 「どういう意味だ?」
 「僕はお喋りだからね。僕は、人間に興味があった。話してみたいとも勿論思っていた。だけど最初に話したように、人間は僕らを素直に受け入れられない。昔なんて、僕らを食べたら全ての病が治ると信じて僕らを食べようと必死になる人間がいたくらいだ。そんな人間達がわんさかいる地上に人魚の姿のまま出たら結果は見えてる。だから、僕は、魔女にお願いした。人間の足をくれってね。
僕の知り合いの魔女は、いいヤツでね。とても優しい、少しバカだけどね。すぐに了承してくれたよ。だけど魔女との契約の時、声をあげる事を拒んだんだ。何故だと思う?……声が出ないという事は喋れないって事だ。それにね、僕は、知ってたからだよ。かつて人魚姫は声が出ないばっかりに自分の気持ちも自分自身の事も伝えられなかった事を僕は知っていた。そんなのは、ごめんだ。人間になる意味がないだろう?だから僕は自分の髪の毛、半分と引き換えにこの使えない足を貰ったんだ。代価が少ないから僕の足は、不完全なんだよ。」


 女は、語る。
 真っ直ぐ前を向いて。
 馬鹿みたいな話を大真面目な顔で。
 時に、空を眺めながら。


 「だから、僕の足は動かない。」


歩けるに越した事はないけどねと言いながら女は、微笑んだ。
俺は、呆気に取られながらも笑った。
車椅子を押す手は、しっかりグリップを握りしめて前へとゆっくり進む。
もうすぐ一本しかない道沿いを一周する頃だった。リハビリをかねて作られているような庭には、もう俺らしかいない。

 「君は、なぜ病院に?」
 「少し怪我したんだ」
 「そうなの、なら僕の肉を君にあげようか?話し相手になってくれたお礼さ。人魚の肉は、何でも治せるらしいから」
 「いらねえ。そんな大した怪我じゃねえし、それに肉を切ったら痛いだろ」
 「それもそうだ。痛いのは御免だ。」

 クスクスと手で口を押さえながら貴婦人のように女は笑った。
 本当に不思議な子だった。
 薄暗くなり始めた空を見て、女は悲しそうな顔をした。そして、女は、俺を見た。

 「暗くなって来たね。そろそろ帰らないと……。」

 丁度一周して来た所で女は、言った。
 別れの時だった。
 俺は、女の車椅子から手を離し女の前へと移動した。

 「そうか。さよならか」
 「今日は楽しかったよ。ありがとう」

 女は、微笑んで言った。
 俺も微笑んだ。

 「また会えるか?」
 「どうだろうね、だって僕は人魚だから」

笑って彼女は、空を見上げて、また俺を見て手を振った。
微笑む女は綺麗だ。
じゃあねとだけ言い残し女は、自分の手で車椅子を転がす。
俺は、病院へと戻る女の背中を何も語らず見送った。



「あ、名前聞いてなかった」



病院へと姿を消した女の面影が残るこの場所で黒崎一護は一人呟いた。

 二度と女と会う事はなかった。
一護があの病院に行く事は滅多になかったし(なんせ家は、小さな病院だからな)、偶々近くを通った時に外からあの女がいた木の下を見たりしたがアイツはいなかった。

 俺も探しはしなかった。
 外でも会わなかった。
 でも一つだけ分かる事がある。
 きっとこの空の下のどこかでお喋りなアイツは、笑いながら自分は人魚だと誰かに言い張っているに違いない。



 * * *



少女が一人病室にいた。
この病室は、もう長い間少女の部屋だった。ベットに腰を預け空を眺める少女。
そのベットの横には、車椅子があった。
扉をノックする音。
看護師が入ってきた。

「注射の時間よ」
「もうそんな時間か、」

そう言って部屋へと目線を映す。
看護師の顔を見て少女は笑った。

「何だか辛い顔をしてる。僕の検査の結果は最悪だったって事かな?」
「そんな事、なかったわ。」
「いいんだよ。僕は、人魚だから地上じゃ長く生きられないんだから。最初から分かってた事さ。」
「また人魚の話?」
「まだ信じないのかい?君は」
「はい、はい」


少女は微笑み自分の腕に刺さった注射器を眺めた。その中身が自分の中に入ってくる所を見て看護師へと顔を上げた。


「じゃあ天使にしておこうか?」
「どれでもいいわ。」
「連れないね」


看護師は直ぐに部屋を出て行き少女は一人の部屋でまた何をするわけでもなく窓の外を眺めた。


少女は、生まれた時から病弱で一人では歩けない。ずっとずっと病院暮らしで海に行った事もプールに行った事もない。唯一水に浸かる機会があるのは、風呂ぐらいで少女は自分が泳げるのかも分からない。
少女は、皆の足はちゃんと動くのに自分の足が動かない事に幼い頃から疑問に感じた。
自分は特別で魔女の魔法で人間になった人魚だというストーリーを頭の中で、でっち上げたのだ。

じゃないと生きていけなかった。

車椅子に乗っているというだけて軽蔑、哀れみの目で見られ病院の外に出る事が出来なかった。
病院内では少なからず車椅子に乗っていても目立たない。唯一の少女の居場所だ。
それでも人間は、自分と違う者を受け入れられない。
だから少女は、言うのだ。
“僕は人魚だからね”
看護師達は、ついに頭まで可笑しくなってしまったのかと憐れんだ。
余計なお世話だ。
少女の唯一の武器で防御を馬鹿にするな。

「僕は幸せ者さ。だって人間になれた。まだ何にもしてないけど、楽しくなかったけど、友達も出来なかったけど、病気は治らなかったけど、幸せだったよ。だって、僕はただの“人間”だったからね、」


彼女が言った最後の言葉を聞いたのは、家族でもなく、医者でもなく、看護師でもなく一人の死神だった。
生まれた時から病弱な彼女は、生まれた時から人の四分の一生きれたらいい方だと言われていた。人魚と言い張り幸せだと語る少女は、魂は在るべき場所へ運ばれ、体は泡になれるわけもなく火葬され空へと登った。


(彼女の魔法=嘘)(それは彼女の唯一の武器であり防御だった。)


Thanks !
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UP 20080930

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